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02.館長室での報告と事実
俺は無線機で持ち場を離れることを告げ、館長室へと急いだ。そういえばあの女といるときは、無線機の存在を忘れてしまっていた。自分の失態が更にあったことに気付き、俺は舌打ちをする。
本来ならあの女を追うべきだと思うが、あの女を追える気がしなかった。あの湯気のように消え失せた女は間違いなく、この世界で生きているものなら聞いたことはある噂話に起因する存在だろうと、いらない俺の勘が告げていた。
「失礼します」俺はノックすることも忘れ、了承も得る間もなく館長室に入る。そこにはまるで俺を待っていたかのように、館長が座っていた。館長は微笑んで俺に座るように促してくる。
「こんな時に抜け出すなんて、珍しいね」穏やかに微笑むその姿は、防衛中とは思えない。館長が身に着けている防弾チョッキもまるで似合っていない。はっきりいって滑稽だ。
「信じてもらえるかはわかりませんが、火急のお話があります」
俺は先程の話を話しはじめた。館長はしっかりと聞いてくれた。……俺にはその様子が安堵しているようにも見えた。
「そうか、まだ絶滅していなかったか……」館長はゆっくりと息を吐き出す。本当に心から安堵しているように見えた。
「どういうことです?」
「……120年前の反乱については知っているかい?」
先程の安堵の表情とは打って変わって、館長の眼光が鋭く俺を射抜いた。「聞いたことはあります、なんでも一部の人間が流言に惑わされて始まったとか」
俺もその眼光に気圧されることなく、しっかり見つめなおす。
「……その認識で間違ってはいないよ、正式見解がそうなっている」
「実際は違うんですね」
軍人ばかりの家に生まれると、変に察しがよくなってしまうから困りものだ。父や兄が書斎で機密事項の話を話しているときは、絶対に傍に寄らないように苦労したことを思い出す。
「そうだ」
こんな話、なぜここに配属されて半年しか経ていない俺にするのだろうか。嫌な予感しかしない。けれども自分から来たというのに席を立つのは失礼だ。俺は厄介なことが起きないことを祈りながら、館長の話の続きを待った。
「では異種族の存在を聞いたことは」
「……噂話くらいは」
「そうかい、もう察しているとは思うが君の前に現れたのは、本の虫≪リベウォエッセ≫だろう」
自分が息を飲むのが分かった。異種族の存在は噂話程度でしか聞くことはない。よくある都市伝説といった感じだ。それが目の前に現れるだなんて思いもしなかった。先程味わった現実に、今までの人生が夢だったかのように急に色あせたように感じる。
「本の虫≪リベウォエッセ≫は、本、いや知識を食べる生き物だ。知識を得ることがわたしたちにとっての食――栄養補給と同等になる。そんな生き物だよ」
俺の知りたくはないという思いを遮るかのように、館長は口を休めることはなかった。俺の反応を確かめながらも、俺が何かを言いかけるのを制止するかのように、眼光で鋭く俺を射抜く。
俺はもう関わることしか許されないことを肌で感じながらその眼光を直視する。
「じゃあ、彼女が来たのは”食料”を得るためですか?」
「その可能性が高いと踏んでいるよ、この120年間彼らは居ないものとされた。食料を得ること自体もとても困難のはずだ」
「……ここは修復、保存の専門図書館です。彼らを無視するわけにはいかないのでは?」
このイージス図書館にとってはとても脅威になる存在だろう。そうなると彼女が言った知性の香りといった言葉にも頷ける。人間とは違う感覚器官をもっているのだろう。
「そうだ、でも彼らにはわたしたちにはない能力がある」
「能力ですか?」
「そう、知識を保存する力だよ、一度食べたものは絶対に忘れることはないといわれている。こうなる120年以上前は、彼らが図書館の司書と協力して、情報を管理していたとの記述もある」
「そうですか」
俺が言葉を失っていると館長が咳払いをした。俺が訝しげにそちらを見ると、先ほどとは打って変わって気遣わしげに、こちらを見てきた。
「それはそうと……君は何もなかったかい?」
「どういう意味でしょう?」
「………………彼らはとても飢えているに違いない。彼らは空腹を満たすためならなんでもすると言われている。そして知識を持つものに対してはその相手の好ましい姿で近づくと言われている。……君は彼らに襲われたり、誘惑するようなことを言ってはいなかったかい?」
俺は絶句するしかなかった。彼女は確かにとても魅惑的だった。俺の理想の女そのものだったと言ってもいい。
しかもあの姉にそっくりな目は拙い。理想な女そのものの外見と、一番身近にいた肉親の目そのものをもっていた彼女は、俺に対して一番の脅威である。あの揺蕩うように渦巻く銀色の目もとても神秘的だった。
俺の顔に触れた彼女の肌の柔らかさをまざまざと思い出しそうになり、俺は館長に気付かれないように息を吐いた。
「いえ、ただ接触しただけです。俺の知る限り書籍への被害はありません」「……そうかい」
館長が何かを察したかのように、静かに俺から目を逸らしたのが分かった。
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