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【正体】
翌日、教室にはいつものように友人達に囲まれて笑っている中田がいた。
聞きたい。ゆうべ屋上に居たよね、って。
でもそんな事、皆の前で聞いたら絶対冷やかされそう。
とりあえず時間を見計らって、ふたりきりになれた時に──などと思っていたら、中田と目が合った。
「──あ」
思わず声が出る。
だって、急激に思い出した。彼に掴まれた手の熱さも、不安定な空の上で腰を支えられて浮いていた安心感も──温かく滑らかな毛皮に顔まで埋めてしまった事も──。
顔が熱い、視線が泳ぐ、それを誤魔化す為に視線を外そうとした時、中田の笑みが目に入った。
意地悪に口の端を上げた笑みを。
「え……?」
その意味を理解しようと見つめてしまった。
その一瞬だった、中田の頭頂部に左右から円を描くように、ひょこん!と長くてフワフワの耳が、現れたのだ。
「え……!」
だめだ、そう思った瞬間にはその耳は消えていた。焦る私をあざ笑うように、中田の笑みは深くなる。
な、なんで……? 試された!? 覚えてるかどうかとか、誰にも言わないかとか、だろうか。
ゆうべのあれこれは、夢じゃ、なかった。
それは衝撃であると同時に、嬉しさでもあった。
「優兎-!」
誰かが呼んだ、中田が「おう」と返事をして立ち上がる。
そっか、彼の名前は「優しい兎」か。まんまじゃん。
ちょっと変人で一部には嫌われてる彼だけど、確かに変人だけど、ゆうべの彼は優しかった。
フワフワのあの耳──あれにもう一度触れさせてくれないかな。
もちろん誰にも言わないし、永遠に内緒にするから──ふたりきりの秘密を持つのって、ちょっと素敵じゃない?
「──中田」
私は、長身なのに細い背中に声を掛けていた。
「ん?」
中田が肩越しに振り返る。
「あのさ──今度の満月の夜、一緒に月の観測しない?」
実際の満月の観測は、大層つまらない。のっぺらぼうでしかないから。
だから観測と称して、月明りを飽きるまで浴びていようよ、一緒に──ね。
終
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