蒸発

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蒸発

 どういうわけか、もう何日も食べていない。さすがに空腹に我慢できなくなり、2時限目の授業が始まったばかりというのに教室を抜け出し、行きつけのファミリーレストランへと急いだ。全速力で走った。高校1年で陸上部に入部したばかりだが、小学生のころから脚には自信がある。午前中で早くも35度近い炎天下ではあるが、動きは軽快だ。  それでも、レストランに着くと汗がどっと噴き出した。ドアの前で何度か深呼吸して息を落ち着かせ、乱れた髪を手櫛で軽く整えた。  店内へ入ると、突然素肌に冷たい衣を着せられたかのような、ひんやりした清涼感に包まれた。  テーブルに座ると、出された冷水を一気に飲み干し、とりあえずアイスコーヒーと水のお代わりを頼んだ。水はほのかに柑橘系の味がした。  のどが潤ったところで、料理を注文する。200グラムのハンバーグステーキにライスの大盛りとサラダ、それにアイスコーヒーのお代わりを頼んだ。  お腹いっぱい食べたところで、会計をする。ところが、どこを探しても財布がない。いよいよ困り果て、レジの店員と目を合わせて立ちすくんだ。  そのときだ。どこからか聞き覚えのある不快な音が聞こえてきた。火災報知器だ。大音量でレストラン中に響き渡った。 「火事だ!」  そう思って見回した。ところが、客も店員も、まったく落ち着き払っている。それどころか、笑い声さえ聞こえる。 「みんな、火事だよ。逃げて!」  そう叫んで逃げようとすると、レジの店員に手首をつかまれた。 「いいえ、お客様。お会計をお願いします」 「何でだれもベルの音が聞こえないんだ。もうだめか、万事休すだ」 そう思ってギュッと目を閉じた瞬間、手首が店員の手をすり抜けた。
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