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珍しくひとつも雲のない、星空が広がる夜だった。ぼやけた小さな光が点々と灯って街を照らしている。  揺れる電車の中、背もたれに体重を預け向かい側の窓に映る自分、そしてその向こうにある夜空をなんとはなしに眺める。終着駅に近づいたため俺のいる車両には他に人がいなかった。 大きな駅に着くまではあんなにぎゅうぎゅうだったのに、今はスーツのよれた生気のないサラリーマンひとりだけ。 なんだかどうしようもなく寂しくて、ゆっくりと瞼をおろす。 片道二時間かけて会社に行って、渡された仕事をこなしてまた電車に乗って誰も居ない家に帰る日々。自分を待っていてくれる人がいたことなんかないのに、なぜだか今は、どうしようもなく悲しい。 一番古い記憶にも両親がいることはない。当たり前のように施設で育って、当たり前のように高校卒業とともに就職して、楽しくもない仕事を続けている人生。 これから俺はどうなっていくんだろうとどこか他人事のように考えながら電車に揺られていると、しだいに意識はぼやけだした。 「ん……」 瞼に優しい光を感じて無意識に眉をよせる。どこか近くで鳥のさえずりも聞こえて、なんて穏やかな朝なんだろうと思いながら目を開けた。 「どこだ、ここ」 顔に降り注いでいたのは眩しすぎない優しい朝日で、そばにある木々を照らしている。 上半身を起こすために力を入れた手は、普段感じることのない感触に触れて確認すれば下には地面が見えないほどの大量の落ち葉があった。 まだぼやけている頭でどうやらここは森の中なのだと結論付ける。こんな森らしい森なんて初めてだと思ったところで、さっきまでの心地よく揺れる電車を思い出しいっきに覚醒する。 なんで森にいるんだ、さっきまで夜だったのに、もしかして誘拐されたのか、と和やかな目覚めとは一転して焦りと不安がこみ上げてくる。 どうしたらいいのかもわからないまま、とりあえず他に人がいないか辺りを見渡しても、葉を輝かせる木と青空が広がっているだけで人の姿は見えない。  立って移動するか迷っていると、なにか聞き慣れない音が近づいてくるのがわかった。落ち葉を巻き上げるように地面を蹴るような音。正体のわからない音はどんどん自分の方に近づいてくるため、恐怖心が強くなっていく。 逃げようかと思っても、長時間寝た後のように体に上手く力が入らない。焦りと恐怖で動けないでいるうちにもうすぐそこまで迫ってきた音に手をぎゅっと握りしめる。 凶暴な動物だったら死ぬかも、と命の危機を感じたところで、木々の向こうから何か大きなものが飛び出してきた。 「うわっ!」 「っ!」 思わず腕を顔の前に持ち上げ目を瞑る。近くに何かが打ち下ろされたような音が何度かして、荒い息が繰り返されている。 おそるおそるどけた腕の先では、灰色の毛が波打っていた。 大きな体を持つその生き物はテレビの画面越しにしか目にしたことのない、馬だった。整えられた毛がきらきらと輝いている。 「何者だ」 聞こえた鋭い声を追うように視線を持ち上げると、馬の背には男が跨っていた。自然と視線を向けた先にあった黄色い瞳と目が合うと、胸の辺りがざわめきだす。 なんだ、これ、と今まで感じたことのない衝撃とともに激しい睡魔に襲われた。目を開けていることもできないほどで、すぐに視界は真っ暗になる。意識を手放す寸前、色素の薄い黄色の瞳と燃えるような赤い髪が頭の中に浮かぶ。 ずっと会いたかった人に会えた時のような安心を感じたところで、ついに意識は途切れた。
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