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本来であればたくさんの人が仕事をしている調理場に今は、俺とセスのふたりしかいない。 静かな調理場で俺は、セスが見守るなか炊きたての熱い白米を手でにぎっていた。 「ユキ様の故郷のお料理はこの国のものとは少し違いますね」 「そうだよね。材料が手に入って良かったよ」 「料理人の皆さんが張り切って仕入れたみたいですよ」 「なんか大事になっちゃって恥ずかしいな……」 「王族のお相手の方が調理場に入るなんて大事ですよ」 きっかけは、オーウェンへの誕生日プレゼントに料理はどうだろうかとセスにした相談だった。 調理場を貸してもらえるのか実際に足を運んで料理長に相談したところ、驚かれながらも承諾してもらえたのは数日前。 他に調理場で仕事をしていた人たちも驚いたように俺をみていたからセスが言うように特殊なことなんだろう。 パーティーはないものの、夕食は料理人たちによる豪華な料理が並ぶと聞いていたので俺は昼食として食べてもらえるような料理を数日前から考えてきた。 二品作るだけの少しのスペースを貸してもらえれば十分だったのだけど、俺たちが調理場に入ると料理人の人たちは出ていってしまった。 仕事の邪魔をした申し訳なさを感じながらも、本職の人の近くで調理をするのも緊張するためありがたい。 この国に日本の料理に使う食材や調味料があるのかわからなかったため不安だったが、事前に伝えておいたおかげで無事用意していてもらえた物が作業台の上に並んでいた。 一人暮らしの生活のなかで料理もそれなりにやってきたため、上手いとは言えないが普通程度にはできると思っている。 しかし隣で小さな手伝いと俺が怪我をしないよう見守っているセスは、俺が包丁を持つ度に顔を青白くしていた。 「良い匂いですね」 「うん。失敗しなくて良かった」 鍋の中のキャベツとカブの味噌汁があたりに良い匂いを漂わせている。 この国で和食に似た料理が出たことはなかったため、久しぶりの和食の香りに懐かしさが込み上げる。 何度も手のなかで転がした白米の形が綺麗な三角になっているのを確かめて、にぎったいくつものお握りが並ぶ皿に置いた。中身は焼き鮭だ。 「これだけ握るのはけっこう大変だったなぁ」 「お疲れさまです。すべてとっても美味しそうです」 オーウェンへのプレゼントとして始めたけど、材料の準備や調理場を貸してくれたことへの感謝として料理人たちへ、そしていつもお世話になっているセスやディランの分も含めてにぎったお握りは二十個ちかくになっていた。 これでもすべての料理人に行き渡ることはないだろうから、また料理を作る機会があればそのときにたくさん作ろう。 お握りを数個違う皿にのせ味噌汁も器によそると、それを銀のトレーにのせてオーウェンの部屋を目指した。 俺の向かいのソファに座るオーウェンはもくもくとお握りを食べ進めている。一人暮らしの生活では自分の料理を人に食べてもらうということはなかったため、お握りと味噌汁を口に運ぶオーウェンの様子を緊張しながら眺めていた。 最後の一口が口のなかに消え、租借し飲み込まれる。するとオーウェンは俺を見つめて口を開いた。 「ありがとうユキ、すべて美味かった」 「口にあって良かったです……」 俺の目をじっと見ながら口にしたオーウェンの言葉は本心によるものだとわかり安堵の息を吐く。 しかしまだ伝えていなかった肝心なことを伝えるため姿勢を直して、俺もオーウェンの目を見つめた。 「お誕生日おめでとうございます。俺も何か贈り物がしたくて、俺の住んでいた国の料理を作ってみました」 どんな反応をされるだろうかと緊張している俺にオーウェンの瞳が大きく見開かれる。 どうやら自分の誕生日だからだとは思っていなかったみたいだ。 「そっちに行ってもいいか」 「え? はい」 予想していなかった言葉に驚きつつも頷けばオーウェンは俺の座るソファに移動してくる。 近づいた距離と香るオーウェンの匂いにますます緊張する。 「……抱き締めてもいいか」 隣に座ったオーウェンは言葉を落とすように小さくそう口にした。 真剣な中に初めて見る熱っぽさを含んだ眼差し、美しく整った顔を向けられた俺は思考が上手く回らなくなり、気づけば首を縦に振っていた。 すぐに熱い体に抱き締められる。 「こんなに嬉しい贈り物は初めてだ」 耳に触れた息がくすぐったくて少しみじろぐ。 抱き締められるのは二度目なのに少しも慣れることはなくて、ぴったりとくっついた体に俺の心臓は忙しなく動いていた。 「喜んでもらえて良かったです」 「俺の誕生日なら、少しわがままを言ってもいいか?」 今の状況もわがままに入ってるのだろうか。そうだとしたら、このわがまま以上になにがあるんだろう。 「名前を呼んでくれ」 わがままというよりも願いにちかい要求は応えられるもので安心する。 「オーウェン様……?」 「違う」 いつものように呼んだ名前は、そうじゃないと否定された。 そしてすぐに、オーウェンだ、と続いた声を繰り返すように彼の名前を口にした。 「オーウェン」 まるで大切なものを包み込むかのように優しく背中に回っていた腕の力が強くなる。 くっついていた体がさらに密着し、少し苦しいほどだった。 「もっと気軽な言葉で話してくれ」 「……ちょっと苦しい」 「もう少し我慢してくれ」 城の料理人より遥かに劣る俺の料理に、俺が名前を呼んだことに、話し方を少し変えただけのことに、オーウェンが喜びを噛み締めているのが伝わってくる。 喜びとともに、この人は俺に特別な感情を抱いてくれているのだということが嫌でも伝わってきてしまった。 今は完璧な王子ではなく、ただ喜びをあらわにする彼の腕のなかで、俺もその気持ちに答えたいと確かに思っていた。
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