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「オーウェン王子はお昼頃にはお帰りになるそうですよ」 「そうなんだ。意外と早いね」 優しい光の降り注ぐ廊下を歩いているとセスが後ろから声を投げる。 昨晩からオーウェンは公務で城を留守にしているらしく、今朝起きたときにセスから置き手紙を受け取っていた。 公務で城を留守にすることが書いてあった置き手紙はオーウェンがわざわざ自分で書いたものだったため、もっと時間がかかる公務で今日は帰ってこないのかと思っていた。 「ユキ様が来てからは日を跨いでのお留守は初めてなので、心配されているのではないでしょうか」 「別に俺はいつも通りの生活なだけだし、心配なのはオーウェンの方だけどなぁ」 少し前まではオーウェンに数日会わないことも珍しくはなかったし、声を交わさないことだって俺の中では普通だった。 しかし今ここにオーウェンがいないと思うと少し寂しさを感じるのは、あのときとは抱いている想いが違うからだろうか。 城の入り口へと続く角を曲がると聞きなれない高い声が耳にはいる。 それは鋭さを持っているため、胸をざわめかせながら声の方へと足を進めた。 「いいから早くオーウェン様のもとに来た男を出しなさい」 「いかに貴方がそうおっしゃいましても、王子の許可がなくては致しかねます」 「じゃあオーウェン様をお呼びして」 「ですから今は手が離せない状況でして」 なにやら和やかさとはほど遠い雰囲気の城の入り口に近づくと、オーウェンとは別に城に残っているディランが豪華なドレスを身にまとった二十代くらいの女性をなだめていた。 十分に手入れのされた艶のある髪、上品な化粧の可愛らしい顔、後ろに控えるふたりの使用人に、その女性が一般人ではないことはすぐにわかった。 「ユキ様……」 「大丈夫」 後ろにいるセスが俺を心配しているのがわかる。 呼ばれた名前には、今すぐに引き返そうという提案が含まれているのもわかっていた。 それでもまた一歩足を踏み出す。 「ディランさん」 ふり返ったディランの普段は優しい笑み以外にあまり変えられることのない表情が、どうして来てしまったのかと伝えるように曇る。 ディランがここまで感情を顔に出すということは、そうとう厄介な相手であることはすぐに推測できた。 俺の姿を目にした女性は、髪と瞳を確認したあとじっくりと全身に視線を巡らせ、勝ち誇ったように口角を上げた。 「はじめまして、私、オーウェン様の許嫁のシャーロットと申します」 許嫁。俺の存在をよく思っていない相手だろうとは思っていたものの、予想していなかったワードに足元の床が崩れるようだった。 たったの五文字に頭をがつんと殴られる。 俺が放心していることを悟られる前に、すぐにディランが言葉を返した。 「シャーロット姫、お言葉ですが王子との許嫁関係は五年前に解消されております」 「言われなくてもわかっているわ。元とつけ忘れたの」 にやにやと嫌な笑みを続ける彼女がわざと元許嫁と言わなかったことも、オーウェンの元に現れた俺を牽制に来たことも十分にわかった。 「私になにかご用でしょうか」 ディランのフォローを受けて何とか驚きを顔に出さないで応える俺に、つまらなそうに眉間にシワがよる。 しかしすぐにまた挑発的な声と視線が俺に向けられた。 「あなたにお話があるの。せっかく庭園があるのだからもっと落ち着いたところで話しましょう。ディランはここで待っていなさい」 くるりと体を反転したシャーロットは着いてこいというように庭園の方に歩いていく。 言葉を返そうとしたディランを制して、大丈夫だと伝わるように頷くとシャーロットの華奢な背を追った。
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