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「あっついなー」 店の外からの賑やかな声をぼんやり聞きながら、カウンターで暑さに唸る。 この暑さにも関わらず、いや、この暑さだからか、町はいつにもまして活気づき店の外には祭のように路面店がいくつも出店していた。 もとから城に近いこの町には衛兵の姿が多く、それが治安の良さに繋がっているのだが、今日はなんだかいつにもまして衛兵が多い。 城にどこかの国の偉い人でも来るのだろうかと思っていると、店のドアに取り付けてあるベルが鳴り来客を知らせる。 気だるげに顔を上げると、ひとりの男性客がカウンターに向かって歩いてきた。 「いらっしゃいませ」 「こんにちは」 初めて会ったはずの男性客になぜか見覚えがあるような気がして内心首を傾げる。 どこでだっけ、なんかこの人見たことあるんだよな、と記憶を掘り返している俺にその人は優しい微笑みを向けた。 その笑みを見て、あ、と思う。黒い髪に黒い瞳、そうだ、この人はユキ様だ。 目の前の人の正体に気づくといっきに心臓がばくばくと速く動き出す。 どうしてこんな店にひとりで、どんな対応すればいいの、と焦っている俺にユキ様は言葉を続けた。 「おすすめの飲み物をふたつお願いします」 「あ、はい、かしこまりました。お好きな席でお待ちください……」 焦っているのに癖になっている言葉がするりと出る。注文を終えたユキ様は店内を見渡し、人のいない外の席へと歩いていった。 (おすすめ、って、何をおすすめすれば良いんだ?) 思考がいつものようには働かないまま、待たせることはできないと急いでドリンクメニューを思い出す。 暑いからあれにしようと奥にしまってある瓶を取りだし、自家製のレモネードシロップと氷をふたつのグラスに入れる。 冷えた水を注ぎながらあまりに静かな店内に目を向ける。店内にいる数人のお客はユキ様に気づいていないようだった。 レモネードの用意ができるとトレーにのせて外の席へと向かう。緊張しながら近づくと、ユキ様は眩しそうに町の人々に目を向けていた。 「……お待たせいたしました」 声をかけてからグラスをひとつユキ様の前に置く。あとひとつはここでいいんだよな、と思いながら、もうひとつのグラスはユキ様の向かい側の席に置いた。 「ありがとうございます。美味しそう」 「……こちらのお席、暑かったら店内もご利用ください」 飲み物を置いてさっさと引っ込もうと思っていたのに、なぜか俺は余計なことまで口にしていた。 思っていたよりも何倍も、ユキ様が気さくだったからだろうか。 俺の言葉にユキ様は礼を口にして、さらに言葉を続けた。 「俺、遠くから来たのでこの国のお店を利用するの初めてで、注文するのもすごく緊張しました」 照れ臭そうに笑いながらユキ様はそんなことを口にする。 俺はたぶんその何倍も緊張してるな、と思いながらも、王族のひとりになった人でも意外と普通なんだな、と人間らしさを感じる。 何かあればお声がけくださいと伝え、席から離れるとカウンターの奥、キッチンへと入る。クッキーを焼いていたのか、香ばしく甘い匂いが広がっていた。 「なぁ、いまユキ様が来たんだけど」 「なに言ってるの、ユキ様がこんな店に来るわけないでしょ」 「だよなぁ」 この店の主である母は笑いもしないで当然否定する。俺もそんなこと言われたらそう返す自信があった。 「今日は暑いから、そのユキ様のそっくりさんにこれ持っていってあげな」 母が押し付けてきた容器にはひとりぶんのバニラアイスが入っていた。 こんなに暑い日にサービスでこれが出てきたら確かに嬉しい。けど、もうあの席に近づくのが怖かった。 しかしそんなことを母に言っても鼻で笑われて終わることはわかっている。 アイスを溶かすこともできない。意を決すると、トレーにアイスとスプーンをのせキッチンから出た。 もし本当にユキ様だとして、いや、たぶんユキ様なんだけど、城の外の料理を口にしていいんだろうか。 俺が毒味するわけにもいかないし。もうひとり来るのは誰だろう。ないだろうけどもし誰かとの密会とかだったらどうしよう。 いろんなことを考えながら外の席に近づくと、ユキ様がいるテーブルにひとり増えていた。 ユキ様の向かいに当然のように座る赤髪の男性に、まさか、と足を止める。 これ以上近づくのが怖くて引き返そうかと考えた俺とユキ様の目が合う。これで引き返すこともできなくなってしまった。 「このレモネード、とても美味しいです」 「ありがとうございます……よろしければこちらもお召し上がりください……」 変装とまではいかなくてもユキ様も向かい側の王子も軽装だ。 それなのに王子からもれでるオーラに圧倒され、今までにないほど緊張しながらバニラアイスをテーブルに置いた。 「気を遣わせてしまってすまない」 「ありがとうございます、いただきます」 王子とユキ様と会話したの、この町では俺が初めてなんじゃないか、と今考えなくてもいいようなことが頭に浮かぶ。 友人が以前お忍びで町に来てた王子を見かけたと自慢していたが、この状況はそれよりなかなかあり得ないのではないだろうか。 失礼します、とふたりから離れ現実味を感じないまま足を動かす。 背中で、美味しい、という声を聞いたのとともに、あることに気づく。スプーンをひとつしか付けていなかった。 「オーウェンも食べる?」 「あぁ」 オーウェン、という聞き慣れない呼び声にどきっとする。 ユキ様にとっては当然でも、ここではユキ様以外には許されていない呼び方だ。 振り返った先ではユキ様がアイスをのせたスプーンを王子に差し出していた。 王子はそのスプーンは受け取らずに、ユキ様の手首を掴む。掴んだ手首ごと引き寄せた王子が、そのままスプーンを口に含んだ。 (なんか、見てはいけないものを見てしまった気がする……) 城でどんなふうに過ごしているかは知らないが、姿を見せるときの王子はいつだって王族らしく堂々としていて、違う世界の人だった。 でも恋人の手から食べ物を食べるのは少しはしたなく、そして普通だ。 王子の行動に何も言わないユキ様から、ふたりにとっては当たり前のことなんだとわかる。 暑い日に目が焼けるような光景を見てしまった俺は、ふらふらとキッチンに入りバニラアイスを求めた。
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