07

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白地に青色のオリエンタル風な模様の描かれたティーポットを傾けると、同じ模様のカップに湯気と共に透き通る赤茶色の液体が注がれる。 少しだけ注いだカップを持ち上げ中身を口に含むと、いつもセスが淹れてくれるものより渋みが出てしまっていたが自分で淹れたとは思えないくらい美味しかった。 「ちょっと渋くなっちゃったけど美味しい。やっぱりセスのようにはいかないな」 「初めてだとは思えないほど美味しいですよ。さすがユキ様です。きっとオーウェン王子も喜んでくださいますね」 俺と同じように紅茶の入ったカップから口を離したセスが何故か俺よりも嬉しそうに笑う。 オーウェン王子、という言葉に緊張を感じつつ、タンブラーによく似た容器にポットから紅茶を注いでいく。 喜んでくれるだろうかと不安になりながらも、俺の頭にはオーウェンの微笑みがよみがえっていた。 いまだにオーウェンとは一度も会えないまま一日が終わることも少なくない。このままの会話のペースだといつまでもお互いのことを知ることは出来ないし、忙しい体への労りも込めて紅茶を差し入れるために俺はセスに本格的な紅茶の淹れ方を教えてもらっていた。 容器にフタをして両手でぎゅっと握りしめる。俺からオーウェンを訪ねるということは初めてで、会ってもらえるのだろうかと不安を感じながらも部屋の外へと足を踏み出した。 ノックをするために持ち上げた手をそのままにしてもう数分が経っている。 オーウェンの部屋の前に来たはいいが、もし集中を欠かすことができない仕事中だったら、突然来て迷惑だったら、一分も時間を無駄にできない状況だったらと考えては何度も足を引くか悩んでいた。 だいたい王子の部屋を急に訪ねてもいいのかさえわからない。セスは喜んでくれるだろうと言っていたが、俺とオーウェンは親しいわけでもない。 俺はオーウェンの何なんだ。友達でもないし、婚約者候補? というよりまず恋人候補か? と考えている俺の前で、部屋の扉が動き驚きながらも体を引いて離れた。 「ユキ様? どうかなさいましたか。王子に御用でしょうか」 開いた扉から現れたのは王子付きの執事だった。二十代半ばくらいに見える彼は、オーウェンとは系統が違うがとても整った顔をしている。 オーウェンは鋭く人を寄せ付けない美しさがあるが、この人は優しい目つきが親しみを感じさせる。 落ち着いたネイビーの髪が大人っぽさと清潔感を印象付けさせ、きっとモテるんだろうなと勝手に想像していた。 「いえ、用ってほどじゃないんです」 けれど俺は、この人が少し苦手だった。王子の側に控えて仕事の手伝いをし、従者の管理も受け持っている彼は執事としてとても能力が高いのだろうとわかる。 急にこの世界に来て特に肩書も能力もない俺が大切な王子と婚約するかもしれないことを、彼はどう思っているんだろう。 「ユキ様、私にそのような丁寧なお言葉は必要ありません」 「あぁ、これは癖みたいなもので……」 「そうなのですね。ユキ様がお話ししやすいお言葉を御使用くださいませ」 どうしても年上には敬語を使ってしまう俺に形の良い眉が下がる。俺の手の中にある物に気づいた彼は、紅茶を入れた容器からすぐにまた俺の目に視線を戻した。 「そちらは王子にでしょうか」 「はい」 「申し訳ございません、ただいま王子はこちらにはいらっしゃいません」 「そうですか……それじゃあこれ、渡してもらってもいいですか? 温かい紅茶です」 「かしこまりました。お預かり致します」  言葉や行動に無駄のない彼のスマートさに緊張しつつ容器を差し出すと、すぐに俺の手から容器の重さが消える。 執事がいるのにわざわざ飲み物を持ってきたことをよく思われていないんじゃないだろうかと背の高い彼を仰ぎ見ると、そこには嬉しそうな微笑みがあって驚く。 「ユキ様から紅茶をいただけるなんて、王子も大変お喜びになりますね」 「そうだといいんですけど……」 彼には良い印象を持たれていないと思っていたから、本当に喜んでいるのだとわかる穏やかな表情に拍子抜けしてしまった。しかしセスも彼も、どうしてこんなに嬉しそうなんだろう。 彼の反応を不思議に思いながらも、部屋まで送るという申し出を断ってオーウェンの部屋から離れた。 日課となっているセスとの庭園の散歩を終えて部屋に戻ると、テーブルの上に部屋を出るまではなかったはずの物が置かれていた。 なんだろうと首をかしげながら白い箱にかかっているリボンを解く。上質な紙の箱の中には、数冊の本が入っていた。 「これって……」 ぺらぺらとページをめくると、すべてが地理や歴史の本だとわかった。箱の中には一枚の紙が入っていて、そこにはオーウェンとだけ書いてある。 「オーウェン王子からのお返しですね」 素敵ですねとセスが続ける。まさか紅茶のお返しがもらえるなんて思っていなかった俺は、目を丸くしながらも名前だけ記された紙をじっと見つめる。 きっとこの前図書館で俺が読んでいた本を見ていて、同じジャンルの本を贈ってくれたのだろう。 忙しく時間がない中でも気にしてもらえていることを実感すれば胸にあたたかなものが広がり、名前の他にメッセージもない一枚の紙が、とても愛しく感じられた。
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