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白地に淡い花の描かれたティーポットを傾ければ同じ柄のカップに中身が注がれる。それと同時に紅茶の良い香りがふわっと立ち上った。 紅茶を用意する手元、そして俺自体に強く注がれる視線にやりづらさを感じながらも、無事に淹れることができた紅茶を座るオーウェンの前に置く。 どうぞ、と小さく言えばすぐにオーウェンはカップを持ち上げ淹れたばかりの紅茶を口に含んだ。 前回とは違い今回は目の前で飲まれるため、どんな反応をされるんだろうかと緊張する。 「……この前より腕を上げたんじゃないか」 カップを戻したオーウェンの瞳は少し緩んでいて、美味しいと感じてくれたことに安心する。 「セスに手伝ってもらって練習しましたから」 「俺のためにか?」 「……なんか、今日はいつもと違いますね」 「努力すると言っただろう」 確かにそう言っていたし、言葉で伝えてくれた方が嬉しいと言ったのも自分だが、今までのオーウェンの口からは出なかったであろう言葉に困惑する。 けれどそれ以上に距離が近づいたからこその会話を嬉しく思っていた。 「それにしてもすごい量ですね」 「あぁ、料理長が紅茶に合うものを考えていたら作りすぎたらしい」 中庭の一角にある東屋に用意されたテーブルの上には、数種類の茶葉、小さな可愛らしいカップケーキ、クッキーなど様々なお菓子や食べ物が並んでいた。 ただ置かれているだけではなく、色合いや見た目を気にして配置されている料理は、お洒落で美しい。 中央に置かれた銀のティースタンドは特に華やかで、サンドウィッチ、スコーン、一口サイズのケーキの乗ったまさに優雅なアフターヌーンティーは、女性だったら食べる前から目を輝かせるのだろうなと思うほどの豪華さだった。 「どれから食べるか迷うなぁ」 この世界に来る前は仕事帰りに買ったコンビニスイーツを食べ比べることをささやかな楽しみとしていたくらいには甘いものが好きなため、目の前に並ぶきらびやかなお菓子に心が踊る。 でもまずは甘いものではなく軽食から食べるか、とティースタンドのサンドウィッチを手に取り口に入れた。 「美味しい」 「良かったな」 やっぱりこの城で出てくる料理はすべてが美味しいなと思いながら口を動かすと、向かい側に座るオーウェンが微笑む。 まだ自分は食べていないのに俺を眺めて満足そうに口元を緩ませるオーウェンに、なんだかはしゃいでいるところを眺められているようで少し恥ずかしい。 誤魔化すように自分のカップにも注いでおいた紅茶を口に運ぶと、前回のような渋みもなく素直に美味しいと思える味だった。 「ユキ、ここでの暮らしで何か足りないと感じるものはないか」 「十分すぎるくらいもらってますよ」 大きくて豪華な部屋も、専属の使用人も、城の中を歩き回れる自由も、美味しいご飯も、オーウェンと過ごす時間ももらっている状況に不満に思うことなんてあるはずがなかった。 しかし俺から何も希望がなかったからかオーウェンは少しだけ眉を寄せたため、慌てて思考を巡らせた。 「あ、町に行ってみたいです」 「町か……」 セスから城を囲む森を抜けた先に町があると聞いてから行ってみたいと思ってはいたが、今すぐでなくてもいいかと頭の片隅に追いやっていた考えを口にする。 しかしそれを聞いたオーウェンは何かを考え込むように黙ってしまったため困らせてしまったとわかり、また急いで口を開いた。 「あと馬に乗ってみたいです」 「馬に?」 日本にも乗馬できる施設や企画があったが今まで利用したことはなかった。 でもここでは馬に乗ることは普通のことのようだし、何より馬に乗って走れたら気持ち良いんだろうなと思わせる綺麗な風景が広がっているためこれもいつかはと思っていた。 「それならこのあと乗ってみるか?」 すんなりと実現できそうなことを喜ぶものの、あることが不安ですぐに頷くことはできない。 「オーウェン様の時間は大丈夫なんですか?」 「あぁ、無理をして仕事を片付けていたお陰で最近は時間があるんだ。だからなるべくユキと過ごしたい」 伸ばした手で掴んだスコーンを思わず落としそうになる。 ここに並んだどのスイーツよりも、オーウェンの視線と言葉が一番甘いのかもしれない。 風を切るまではいかなくても走り出した馬の上で体勢を保つのはこんなに難しいのかと驚く俺のすぐ後ろから、大丈夫かと声がかけられ頷きを返す。 俺の腰には引き寄せるように逞しい右腕がまわされていて、そのお陰で初めての乗馬に恐怖を感じずにいられる。 けれどぴったりとくっつくほどの体の距離にはいまだに恥ずかしさを感じていた。 てっきりオーウェンと俺は別の馬に乗ると思っていたのに、用意された馬は出会ったときにオーウェンが乗っていた灰色の馬一頭だった。 どうやらオーウェン専用の馬らしい。 次は別々の馬に乗って一緒に走りたいと言ってみようと考えていると光が溢れ、ずっと続いていた木々から抜け出した。 「ここの夕日をいつかユキに見せたいと思っていた」 眩しい夕日に目を細めながらも、沈んでいく太陽、真っ赤に色づく空の美しさに息を呑む。 広大な大地の続く森で見る夕日は神秘的な美しさがあり、ただただ感動していた。 言葉を忘れて眺める俺の腰にある腕がまたさらに体を引き寄せる。ふたりで同じ景色と感動を共有できることを喜びながら、腰にある腕に手を重ねた。 きっと俺はこの夕日を忘れることはないだろう。
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