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ウサギさんは本当は……
「じゃあ、行ってきます」
肌寒い朝の風が吹く季節、樹は新たなスタートを切った。フリースクールへと向かう後ろ姿に向かい、敦と星が手を振る。
「だいぶ親身になってくれる先生だからな、きっと大丈夫だろう」
敦が自分に言い聞かせるようにそうつぶやくと、星も頷いた。
「ところで、あなた……」
「どうした?」
「樹にウサギとキツネとサルの話、したらしいわね。ウサギは地獄に行ったって」
「ああ、したよ」
「あれ、嘘でしょう」
星がしたり顔で敦を見つめる。
「……どうして分かった?」
「あの話はもともとはインドの仏教説話でしょ?閻魔大王だって仏教やヒンドゥー教の中での冥界の主だし。それなのに神々の計画に背くから自殺は重罪って、変だと思ったのよ。それってどっちかって言うとキリスト教の視点でしょ?」
「……お前にはかなわないな」
敦はばつの悪そうな表情を浮かべた。
「でも、あれを聞いて樹は学校に行かないっていう『勇気ある決断』をしたのよ。だからあなたのしたことは間違ってないわ」
「ありがとう。樹は神様からの贈り物だ。樹に幸せな人生を送ってもらうために、必要なことをする。それが僕の役割だ。そのためなら何だってやるさ。たとえそれがハッタリだったとしてもな」
敦はそう胸を張り、空を見上げた。一点の曇りもない青空が敦と星のことを温かく見守っていた。
【終】
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