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樹は樹のまま。敦は敦のまま。
思わぬ提案に耳がピクリと動いた樹は、敦の方を振り向いた。敦の眼はこの曇った夜空と違い、どこまでも澄み切っている。
「父さんは本気だぞ。死んでしまうくらいなら、学校なんかから逃げたっていい。樹は、学校に行くために生まれたんじゃない。幸せになるために生まれたんだから」
「……お父さんは、大丈夫?学校から怒られたり、しない?」
「色々言われるかも知れないな。でもだからどうした?」
樹の問いに、敦は涼しい顔で答えた。
「父さんは、神様から貰った役割を果たしてるだけだ。樹に幸せな人生を送ってもらうために、必要なことをする。それが父さんの役割だ。そのためなら、何だってやるさ」
敦の満面の笑顔が樹の瞳にはっきりと写り、その輪郭が徐々に涙で遮られて歪んでいく。敦はハンカチを樹に手渡した。空に浮かぶ雲はさらに嵩を増し、月傘はさらにぼんやりとしてきている。
「雨の日に無理に外に出る必要は、ない。ゆっくりとその日が来るのを待つのも、たまにはいいんじゃないか?」
樹は目に伝う熱いものをハンカチで拭いながら、無言で頷いた。
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