樹は樹のまま。敦は敦のまま。

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 樹が学校へ行くのをやめて3日が経った。おとといから降りはじめた雨は止むことはなく、空の上を厚い雲が覆っている。しとしとと雨が降り続ける中、玄関のチャイムが鳴った。 「どうぞ、お入りください」  敦がそう言って部屋へ招き入れたのは担任の金沢と学年主任の中西の2人。ソファーに腰を下ろし出されたお茶をひとすすりした後、中西が話の口火を切った。 「ええとですね、樹さん夏休み明けから学校をお休みになってますが、そろそろお具合はどうかな?と思いまして……」 「まだ行ける状態ではありません」  敦は穏やかに、かつ毅然とそう答える。 「ですが、ずっとこのまま学校に来ないようですと、勉強の遅れも出るでしょうし……」 「勉強が遅れることと、命が削られること、どっちの方が深刻だと思いますか?」  敦は中西に逆にそう問いかけた。 「そんな、命が削られるだなんて大袈裟な……」 「やりすぎんなよ」  中西の声を遮るかのように、敦はピシャリと言い放つ。 「金沢先生、覚えてますか?この言葉」  金沢はポカンとした表情で敦を見つめた。 「……いえ」 「樹が取り囲まれてプロレス技をかけられて半泣きになっているときに、あなたは笑いながらそう言い放ったそうですね」 「えっ?……あぁ、あのとき……」 「やっと思い出しましたか……」  哀しそうな瞳を金沢に向ける。 「だってあんなの、じゃれてるだけでしょう?」  金沢は勢いよくそう発しながら、中西の顔をチラチラと覗き見ていた。 「泣き顔の児童がいるのにじゃれているだけと断定できる神経が私には全くわかりませんが」  金沢は敦の顔から視線を逸らし、再び横に目をやる。 「こっちを見ましょうよ。そんなに学年主任の顔色が大事なんですか?私はあなたと話をしてるんだ」  敦の刺すような声を聴き、金沢は中西からとっさに視線を外し、黙り込んだ。 「今、樹を登校させることは、燃えさかるたき火の中に自ら飛び込ませるようなもの。それはできません。それに、本人もそう望んでいます。お引き取りください」 「ですが、今は大事な時期ですし……」 「ええ、大事な時期ですよ。こんな大事な時期に、あなたのようにいじめを見て見ぬ振りをする教師がいる学校に通わせたら命すら落としかねない。樹が自殺したとしたら、貴方達は責任取れるんですか?」  中西の発言など意に介さず、敦はぴしゃりとはねつけた。そんな敦をなだめるかのように、金沢が穏やかな顔をつくった。 「いいですか?お父さんは心配しすぎです。さっきの件もじゃれてただけ。うちのクラスではいじめなんてのは……」  パーン!  乾いた音に金沢の口の動きが止まった。金沢が下を向くと、真っ赤なマジックで大きく 「死ね!たつき!」  と書かれたごんぎつねのページが開かれていた。 「そんなにいじめがないと仰るのなら、これを元に警察に被害届を出しても文句はないですね?器物損壊の犯人を徹底的に探し出すために」 「そ、そんな、警察だなんて」  中西は目を丸くした。 「あと今の会話は全て録音してます。本当に何もなかったのか、マスコミに追いかけてもらいましょうか」 「そんな、本気でおっしゃっているんですか?」  そう問いかける金沢の声はやや上ずっている。敦は視線を落とし、2人の手元に目をやった。 「我が子を守るためなら、何だってしますよ。貴方達も子を持つ親なら分かるでしょう?」  2人の薬指に光る指輪を見つめながらそう答えると、顔を再び上げた。 「ですが……」  金沢が反論しかけたところを中西が右手で制した。金沢が敦の表情に目をやると、刺し違えることをも辞さないといった鋭い視線がそこにあった。 「わかりました。今日のところは引き取らせて頂きます」  中西はそう告げて頭を下げると、金沢を連れてマンションをあとにしていった。
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