だから俺は、生きることにした。

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『ああいうタイプは、その“態度が変わる”の基準も恐ろしく自分勝手でハードル高く設定しているものだけどね。君は、北見さんの方にも問題があると思ってたのかな?』 『正直、どうなんだろうとは思ってたけど……市川さんが怖くて首を突っ込みたくなかったというか、知ろうとするのも恐ろしかったというか。正直、俺女子って怖くて苦手なんだよ。一人にものを言うと集団で突っかかってくるイメージあってさ。一対一の喧嘩で、どうして他の人が出てくるんだっていうのは凄く疑問で仕方なかったけど』  元々女子には苦手意識があったが、今回のことでますますそれが募ってしまった形だった。だからといって、一人の少女がいじめられている状況を、笑って見ていたつもりではないのだけれど。  まあ、何もできずにいたのだから、結局共犯と思われても仕方のないことなのかもしれない。 『はっきり言って、もやもやはしたけど……女子だけの問題なのかと思ってたし、そう思いたかった。でも、今“狼”にされてるのは……』  男子に、自分たちに火の粉が降りかからなければ、関わってはいけないだろうとも考えていたのである。  わかっている。どう言い訳したってそれは、俺が問題から目をそらして逃げていただけということくらいは。実際その証拠に、今は巡り巡って男子生徒が“狼”にされている状況である。  男子も、美亜にとっては関係ない。十分“狼”にする意味があり、理由があるのだ。それを知った時、対岸の火事と決め込んでいた男子達がどれほど震え上がったかわかるだろうか。 『許せないと思うし、注意しないといけないのはわかるし……久保田君可哀想で、なんとかしてあげたいとは思うけど。助けるようなことしたら、次の標的になるのは俺だ。そんなの無理だ、自分があんなことになったら耐えられない……』 『それが普通の心理だよ。……先生に言っても、解決しないのわかってるしね』 『うん。先生が動いたらすぐバレる。誰がチクったんだってなって、確実に犯人探しが始まる……見つかっても見つからなくても、誰かが新しい狼にされるの目に見えてるじゃん。そもそも、先生が動いたって解決しないし。注意したって、あいつら表向きイイコにするだけで……先生の見てないところで酷いことするのわかってる。今だって、久保田君が小さくて手が届かないのわかってて……上履きを下駄箱の上に乗せたんだと思う。前にもあったし。掃除のために移動させて忘れました、とでも言えば言い訳できるから、あえてはっきり隠さないんだ……』  市川美亜の意地の悪いところは、どうすれば“いじめの加害者”と判断されずに逃げきれるか、そのギリギリのラインをきっちりと把握していることである。相手の身体に自分が直接傷を残す行為は絶対にしない。やるなら彼女の家のコネクションを使って無関係の大人にやらせるか、あるいは身体は傷つけず心をズタズタに引き裂く方法を模索するのだ。  そして、大人にバレても“そんなつもりではありませんでした”が通る逃げ道をちゃんと用意している。悪口もそう。あくまで“クラスをよくするための相談”を装って、ターゲットが傷つくような悪口をみんなで平気で垂れ流すのがテンプレートだ。先生がいない時間を見計らい、そしてターゲットにはしっかり聞こえる距離を保って。  さらに八方塞がりなのは。教師がこの問題に――あまりにも無頓着ということである。
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