だから俺は、生きることにした。

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『しかも、野中先生もだいぶヒステリー気味になってたし……薬もいっぱい飲んでるようだったから、あれは休職しちゃうかもしれないなあ……』 『え、ええ?そんな……』 『大人を頼ってもどうにもならないって君の考えは正しいよ。そもそも、学校からイジメが出るっていうのは、学校側からすると大問題なんだ。とにかく“そんなものはない”ってことにしたいんだよ。大騒ぎになって責任取らされるイメージ強いからじゃないかな、指導不足だって。僕からすると、いじめそのものを事前に阻止するのって本当に難易度が高くて、それができないからいじめが起きた後に迅速に対処する方法を考えた方が遥かに建設的だと思うんだけどねえ』  言動がもはや小学生のレベルではない。なんと達観していることか。同時に、その彼の落ち着きぶりは俺に確信させたのである。  きっと彼なら、港ならこの状況をなんとかできるのではないか、と。 『みんな、元凶が誰なのかはわかっている。市川美亜だ。彼女が改心すれば、あるいはこのクラスからいなくなれば問題は解決する……ように見えるかもしれないけれど、実際そんなことはないんだよね。最大の問題は、彼女の父が与党国民平和党の、衆議院議員の娘だってことなんだけど』 『あ……!』  ここで俺は思い出した。市川美亜が、“あたしのパパは特別なの”と話していたことを。金持ちである、というのはなんとなく察していたことではあったのだけど。 『これが高校だったら、退学処分ってやり方もできなくはなかったんだろうけど。小学校で、義務教育。十四歳未満だから何が問題が起きても逮捕できる年齢でさえない。そもそも大前提として退学・停学なんて学校側でさせられないのに、おまけで親がこれじゃね。下手な手を打てば、学校側が訴えられる事態になりかねない』 『そんな、悪いのはあっちなのに……!』 『そう、どう考えても諸悪の根源は市川美亜なのに、それを父親の機転と人脈で覆されかねないんだよ。こっちは普通の公立の学校法人なんだから。……だったら彼女を在籍させたまま改心させられるのかって話だけど、それが難しいのは君もなんとなくわかってるんじゃないのかい?』 『小倉君でも、無理だと思うの?』 『無理というか、限りなく厳しいかな』  絶望的な気持ちになる俺に追い討ちをかけるがごとく、港が告げる。 『ある意味、彼女は僕と“同族”だから。あれは、ただの子供のいじめの主犯じゃない。たった一人で、言葉で、暴力さえも用いずに人心を掌握して集団を操る力を持っている……立派な“魔女”だ』  魔女。ああ、確かに全くその通りだ。  人の心を自在に操り、空気を誘導し、自分は手を汚さずに誰かを追い詰める。まるで魔法のようだと、何度そう思ったことだろう。
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