だから俺は、生きることにした。

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『勿論、そういう力を持っている人は世の中にそれなりの数いると思うよ。そしてそれを、人の為世の為に使っている素晴らしい人もたくさん存在している。でも、そういう才能の活かし方を“意図的に”誤る人が時々存在するんだよね。市川美亜は、まさにそういう類の人間。彼女は自分がしていることが本気で悪だと思っていない。教室に、自分の為の独裁国家を作ることが、間違いだとは全く考えていないって印象だ。何度か直接言葉を交わしたけど明白だったよ。あれは、第三者がどうこう言って意見を変えられるようなタイプじゃない。非行に走る生徒を仮に“芯が曲がる”と表現するなら彼女の場合は……最初から“芯と呼ばれるものが存在しない”だ』 『説得しても、無意味ってこと?』 『この世界に絶対なんてものはないから、ゼロだとは言わないけれど。ほぼほぼ無意味だと思っていいと考えてるよ。注意すれば彼女は当然のように“自分の世界を自分のために動かして何がいけない?”と返してくるだろうさ。……そういえば、彼女三年生の終わりの終わりに転校してきたんだっけね。前の学校でも相当やらかしていたんじゃないかと思うんだけど、どうかなあ……』  もしかしたら、そういう情報も少し調べればわかったのかもしれない。  まあ、小学生である以上、前の学校とやらを突き止めて調べても大人が口を割ることはなかっただろうが。 『人狼ゲームで言うならば、最初から吊るすべき人狼がわかっているような状態だ。でも、既にみんなの心は市川美亜に洗脳されつつある。占い師が指をさしたら最後、そっちが狼に仕立て上げられるっていう状況だ。だから誰も彼女を糾弾できない。環境的にも排除できないし、ましてやさっき言ったように説得してどうこうできるような相手でもないことは明白だ』  そもそも、と港は続ける。 『仮にみんなが、彼女の洗脳を抜け出してこっちに味方してくれても。僕らみんなで彼女を孤立させて追い詰めるような行為をしたら、今度は逆に僕たちの方が彼女を“いじめている”状況になってしまいかねない。それは倫理的にどうかと思うし、根本的な“いじめ問題の解決”にはなっていない。報復合戦にもなれば完全に堂々巡り。もっと言えば僕らが一年耐えても、彼女は進級すれば必ず同じことを繰り返すさ。少なくともあと二年、どこかのクラスが犠牲になることは確定的だ』 『じゃ、じゃあどうすればいいの!?八方塞がりじゃないか!』 『そうだね。……だから唯一、方法があるとすれば一つだけだと思っている』  方法?この状況を覆す方法など、本当にあるというのだろうか。唖然とする俺の前で、港はにっこりと笑ったのだ。 『彼女に自分の意思で、いじめ行為をやめさせるか……あるいは、この学校から出て行くように仕向けることだ。大丈夫、僕にいい作戦があるんだよね』  後で友人に話を聞けば。彼は前から、相談すれば“なんでも”解決できることで有名だったというのだ。自分の力に、本人も絶対の自信があったのだろう。どんな相談であっても、その知恵と知識でなんとかしてこれた、そういう自負が彼にはあったに違いない。  今回のいじめの問題は、そんな彼が初めて挑戦する難題だったのだろう。  何でも解決できてきた彼が、初めて解決できないかもしれない壁にブチ当たったのだ。相談を受けた時の彼の顔はむしろ輝いていたことをよく覚えている。 『絶対に僕がなんとかしてみるよ。きっと僕は、こういう問題を解決するために生まれてきたんだから』  彼もまた、ある意味“魔術師”と呼ばれる類だったのだろう。普通の子供とは大きく思考が乖離していた。人が見えない何かを見て、人が恐るようなものさえ取るに足らないと鼻で笑えるような何かを持っていた。全く俺達とは、別の次元で生きていた“人間の姿をした別の存在”であったのだと、大人になった今ならそう思うのだ。  港はその相談の後、あえて目立つことによって自ら美亜の“狼”の地位に躍り出た。そして散々いじめを受けた後――線路に向かって身を投げたのである。  彼はいじめの証拠画像や記録を取ると、それを彼が死んだ一週間後に複数のSNSで同時アップされるような仕掛けを施していた。いじめで自殺者が出て、その告発が出回れば――あの市川美亜もその親も、権力だけで事実を握りつぶすことなどできない筈だと、そう踏んだのだろう。  そして、優秀な相談役で、みんなに頼られていたはずの少年は――あまりにもあっけなく、俺達の前から姿を消したのである。
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