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「ごめん。守れなくて」
スーツ姿の男が一人、目の前で悔しげに肩を震わせていた。
かつての気弱な少年とは思えないほど立派に成長している彼の姿に、誇らしさと寂しさが込み上げる。
「君はよく頑張ったよ」
そう声をかけると、彼は溜息を吐き出し顔を上げる。
湿った夏の風に彼の黒髪が僅かに揺れる。月明かりの下で照らされた瞳は、濡れ光って見えた。
今にも泣き出しそうなその様子が昔を思い起こさせ、懐かしい気持ちになった。
「僕が力不足なせいだ。環境保全を全面に打ち出したんだけど、それよりもマンションの開発の方が地域の発展に将来性があると言われてしまった」
「いつかはそうなる予定だった。君がこうして立派になっただけで充分だよ」
「恩返しがしたかった。それなのに――」
「良いんだ。あんなに弱虫で虐められて泣いていた君が、市議会議員にまで
なったんだから。今では虐めてきた奴らも、君には頭が上がらないんじゃないのか」
笑うように体を揺すると、彼が僅かに目を見開いた。縋るような眼差しで、一歩前に歩み出る。
「覚えてる? 僕が小学生の頃。ここで同級生から暴力を受けていた日のこと」
「もちろん。今みたいに暑い夏の日だったかな。日差しがやけに強くて、蝉もうるさくて」
「落ちていた枝で殴られて、痛くて怖くて……誰も助けてくれなくて。ただ泣くことしかできなかった」
「うん。知ってる。うずくまって泣いてた」
彼が足下に近づくと「この辺りだったかな」と言って、しゃがみ込んだ。
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