月夜の変態紳士、白見さん。

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白見は、髭を二・三度、指でいじりながら。ゆっくり、はっきりとした 口調で応えた。 「さぁ…、聞いたこともありませんねぇ」 「…ですよね」   自分でいいながら、理沙は少し恥ずかしくもあった。初対面の、しか も恩人の人に対して、いきなり変態、だなんて。    「僕が公園に駆けつけたときには、すでに、お嬢さんは倒れて意識も なかったようですし。サラリーマン風の男性も、何か縛られた感じでし たからねぇ…もっと、僕に力があれば良かったのですが」  そういうと、白見は、薄い胸板に手をあてた。 そうですよね、と口にしかけた理沙だったが。それが余計な意味も持ち そうだったので首を横に振り、違う、と伝えようとした。  しかし、白見の薄い胸板とは別に、男の衣服の端から見える見慣れな いものたちが目に焼きついてしまっていた。  ポロシャツの胸のボタンの奥に見える網目の黒いシャツに、スラック スの足首からチラ見する、同じく黒い網目のタイツのような靴下。 そして、手に視線を走らせると、軍手と思っていたそれは、穴空きの革 の手袋だった。 「…僕は、生まれつき心臓があまり強くなくてですね。低血圧症の持病 持ちなんですよ。だから、よく頭がフラフラと…あはは」    笑う白見の顔色は不気味のほど蒼白く、力もなさそうだ。 これは、現場の話もまともに聞けそうにないな…そう直感しかけた理沙 の携帯が鳴ったバイト先のコンビニからだった。    「では、僕はこれで失礼致します」 そう告げて去る白見に軽く会釈をしながら、コンビニの電話に応答した。 電話相手は舘野さんで、先日のクレーム客の男性が事務所で店長につめ よっている。といった話だった。  コンビニへ急ぎ走る理沙。 その頭上を黒い人影が鳥のように追い抜いていく。 理沙は、直感した。見上げた月夜にうつる影は人間だった。 理沙は、まだ見ぬ変態紳士の影を月の光に追った。 これから起こるだろう予感に震えながら…。
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