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「今度、一緒に、ご飯、食べない?」
不意に和久が、空を見たまま呟いた。
カタコトのような言い草が可愛らしくてつい視線を向けると、和久の顔は不自然に固まっている。
決死の一言、といった様相で、それがまたうぞうぞする程可愛らしい。
「今は、ダメなんです」
美緒の返事に、「そっか」と一言呟き、そこでまた和久は停止状態になる。ガッカリという顔を一切せずに、しかし実に分かりやすくガッカリしていた。
そしてその後、急に美緒に向き直った。
「“今は”? って、どういうこと?」
食い付いてくれて良かった、と密かに安堵する。ここですべてを諦めてもらっては、今までの頑張りが無に帰す。
「……あの、ですね……えっと」
少しわざとらしいほど焦らして、悩んでますアピール。しかし、悩んでいるのも心底本当だ。
美緒に甘い姉だが、この件に協力する条件として、いくつも約束させられている。その一つが、和久とは立ち話のみというものだった。
化粧で身形を偽っても、店内の明るさの下で向かい合い冷静に一挙一動観察されたら、どうしたって誤魔化しきれない、と姉から何度も念を押されていた。
高校生であることに魅力を感じる性癖の人もいるとか、年上好きなんてヤリたいだけだろうと勝手な解釈をされ無理矢理襲われる場合もあるとか、姉の注意は続いていたけれど、今の美緒はそんなことまで気にかけていない。思考はただ一点に集中している。
今、この曖昧な状態で年齢がバレたら、その瞬間から和久は遠退いていく。そしたらすべてが水の泡……その心配だけだ。
もともと、立ち話で終わらせるつもりなど毛頭ない美緒だった。
「……私、月……の、妖精だから。お月さまの光がないと、姿を見せられないんです」
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