狼さんは月の夜に

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「……うん」  和久は、言い淀む美緒を急かす素振りを欠片も見せない。  そんな優しさが美緒を包みこみ揺さぶった。 「……好き」  唐突な言葉にも、和久は、穏やかな微笑みを崩さなかった。 「ソレが、困ってること?」 「……内緒にしてることです」   「その“内緒なコト”は、“困っていること”に関係してるんだ?」 「……そう、ですね」  言いながら、美緒の感情が高ぶってくる。淡々と話す内容じゃないよね?!、という和久への小さな非難が、胸の内で大きく渦巻くのを止められない。  美緒は、和久から感情が読み取れなくなったことに、少なからず傷付いていた。  確かに、初めて見かけたときも、立ち話友達になった最初の頃も、美緒は和久に頼れる強さを感じたし、人好きする如才ない態度も好印象だった。和久に付きまとい始めたのは、間違いなくそれがきっかけだ。  しかし、その洗練された大人っぽさが経験により身に付いた単なるスキルの1つでしかないと分かり、憧れはその熱量のまま愛しさへとスライドしていった。  のんびり屋さんで振り回され気質なお人好し、という和久の原型に触れる度、美緒は和久にのめり込んでいった。  だからこそ、今の、優しい鎧をまとった和久の冷静な微笑みが、美緒には深く悲しい。  “益見(ますみ)です”と名乗られ、それを名字だと考えられなかった為に“美緒です”と返した時、可愛い名前だねと微笑んだ和久。  “それなら俺のことも、和久って呼んで”と自然にフォローしつつ、勘違いをスマートに訂正したかつての和久の優しさは、今の美緒にはもう、美緒を遠ざけ隔てる“壁”にしか思えない。
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