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美緒は、塾に行くとき、十歳年上の姉の服を借りる。コーディネートしてもらい、化粧の手解きも受けている。
リクルートバッグ風の手提げに勉強道具を詰め、足元はシンプルで踵の低いパンプス。
元々背が高く大人びた顔つきの美緒は、普段から16歳には見えない。その上この装いで、さらに夜9時半から10時という時間帯が、会社帰りであることに疑う余地を与えない。
当然、美緒は、狙ってそう装っていた。
これは、獲物を狩るための仕込みなのだ。
「今日もお疲れ様、美緒ちゃん」
ベンチから声がかかる。思わず心臓が跳ねる。
いつも通り、和久は左端に座っていた。
彼が、美緒のハントの相手だ。
「……和久くんも、お疲れ様です」
心臓の速打ちを抑え込み、平静を装って真顔で軽く会釈する。そして、半分以上空けられたベンチの右端に、腰を下ろした。
“笑うと途端に子どもっぽくなる”という姉の助言から、美緒はクールに振る舞っていた。
和久は、間違いなく姉より年長だ。美緒は、三十台前半と見立てている。
となれば、恋人候補が高校生だなんて言語道断、大学生だって火遊びの相手にもならないだろう。
そう考えての、美緒なりに精一杯相手に寄り添った装いだった。
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