第二章:ミカエル×アップルパイ

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 ――なんて思ったけれど、三階を過ぎたあたりで前言撤回したくなってくる。  体育の成績は中の下くらいだけど、持久走は一番苦手!  そんな私にはこの長さの階段は……。結構しんどい……!  息を切らせながらどうにか屋上まで上りきったときには、もうすっかりバテていた。  階段で十分運動したから、今日は掃除しないで帰っていいかな。そんな考えが頭をよぎった。  さすがに帰るのは思いとどまったけど、掃除を始めるのは少し休んでからでいいよね?  そういえば屋上に来るのも入学してから初めてだし、まずはちょっと景色でも眺めよう。  私はボロボロの掃除用具ロッカーをスルーして、ガラス戸を開けた。 「兄さん!?」 「はぇっ!?」  ガラス戸の向こうからそんな声がして、私はびっくりして立ち止まる。  どうやら先に屋上へ来ていた人がいたみたい。  最初は他にも屋上掃除に来た子がいるのかと思ったけど、同じ班の子どころか同じクラスの子ですらないみたい。 「あら、ごめんなさい、私ったら」  先にいた人が恥ずかしそうに口元を押さえる。  なんとなく大人びた雰囲気だったから、視線を落として上履きのゴム色を確認した。  案の定、緑色のゴム底が目に入った。  聖智学院では、学年ごとに上履きのゴム色が違う。私たち一年生は赤で、二年生は青、三年生は緑だ。  だからこの先輩は、三年生のはずだよね? 「それで、ごめんなさい。何か用事かしら?」 「い、いえ。先輩に用事があったわけじゃなくて、掃除当番で」 「掃除当番?」  私が手ぶらなのを見て、先輩は不思議そうに首を傾げる。  私は慌てて言い訳をした。 「そ、その! モップはこれから持ってこようかなと!」  そんな私の様子を見て、先輩はくすくすと笑い出す。  笑われたのはちょっと恥ずかしいけど、でも怖い先輩じゃなさそうでよかったかな。  聖智学院の治安はいいほうだけど、それでもやっぱりヤンキーっぽい先輩からのカツアゲとかは怖いもんね。 「ところで先輩のほうこそ、なんで放課後の屋上なんかに?」  今度は私の方から尋ねると、先輩はどこか遠い目をしてフェンスの向こうを見た。 「ちょっと、兄さんのことを考えていたのよ」 「お兄さん?」  それで私が来たときに『兄さん』なんて言ったのかな。  でも、三年生の先輩のお兄さんだったら、多分大学生か社会人だよね?  高校にいるわけないと思うけど……先輩、結構ボケてるなぁ。 「けっこう前に家を出ていって以来、連絡ひとつよこさない兄がいてね」  なんて、先輩は続ける。  こんな真面目そうな先輩に、そんなお兄さんがいるなんて、ちょっと想像つかないな。 「その兄が、最近吉祥寺の近くまで来てることがわかったんだけど。全ッ然顔を見せる様子がないから、ちょっと落ち込んじゃって」  そういう先輩の横顔が寂しそうで、私は思わず肩を叩いた。 「先輩! 何か私で力になれることはありますか?」
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