月明りの下で

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月明りの下で

「あの、さっき繰り返して弾いていた曲はなんていうの?」  少年はびっくりした顔をした。目の前の少女の言葉を頭のなかで繰り返す。  繰り返し弾いていたって、言ったよな。ずっとここに立って、聴いていたのか?  美和は少年の当然の反応に、再び罰の悪さを感じてうつむいた。 「いつからここにいたの?」 「……」 「まあ、いいや。あの曲ならショパンのノクターン、夜想曲ともいうね」 「ノクターン」  美和はつぶやいた。 「その第二番。ショパンのノクターンは全部であれ、いくつだっけ、とにかく他にもたくさんあるから」 「そう」 「そうなんだ」  美和は心に曲名を刻むように、うなずいた。 「大きな月だなあ」  彼はちょっと顔を上げれば視界に入る月を見て、のんびりした声で言った。 「練習に飽き飽きして、ちょっとでてきたんだ」  彼は大きく伸びをして、両腕をグルグル回した。  美和は言った。 「とってもいい曲ね。それにほら、最後にゆっくりしたテンポで弾いたでしょ」  彼は再び驚いた顔をした。彼女がじっくり曲に聴き入っていたらしいことがわかったからだ。 「ああ、うん」 「ゆっくりだと、月の輝きにぴったりね」  彼はもっと驚いた。彼も弾きながら、月の輝きを思い浮かべることがあるからだ。彼は、間をおかずにたずねた。 「じゃ、テンポが速いと何の輝きに聴こえるの?」  二人はまだしばらく立ち話を続けた。    少年は家にいったん入り「ちょっと気分転換に散歩してくる」と母親に告げ、美和と一緒に並んで歩いた。美和を家へ送る途中も、ノクターンの話はつきなかった。    まん丸の大きな月は、そんな二人を静かに見守っているかのように、優しく輝いていた。
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