10人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ
月明りの下で
「あの、さっき繰り返して弾いていた曲はなんていうの?」
少年はびっくりした顔をした。目の前の少女の言葉を頭のなかで繰り返す。
繰り返し弾いていたって、言ったよな。ずっとここに立って、聴いていたのか?
美和は少年の当然の反応に、再び罰の悪さを感じてうつむいた。
「いつからここにいたの?」
「……」
「まあ、いいや。あの曲ならショパンのノクターン、夜想曲ともいうね」
「ノクターン」
美和はつぶやいた。
「その第二番。ショパンのノクターンは全部であれ、いくつだっけ、とにかく他にもたくさんあるから」
「そう」
「そうなんだ」
美和は心に曲名を刻むように、うなずいた。
「大きな月だなあ」
彼はちょっと顔を上げれば視界に入る月を見て、のんびりした声で言った。
「練習に飽き飽きして、ちょっとでてきたんだ」
彼は大きく伸びをして、両腕をグルグル回した。
美和は言った。
「とってもいい曲ね。それにほら、最後にゆっくりしたテンポで弾いたでしょ」
彼は再び驚いた顔をした。彼女がじっくり曲に聴き入っていたらしいことがわかったからだ。
「ああ、うん」
「ゆっくりだと、月の輝きにぴったりね」
彼はもっと驚いた。彼も弾きながら、月の輝きを思い浮かべることがあるからだ。彼は、間をおかずにたずねた。
「じゃ、テンポが速いと何の輝きに聴こえるの?」
二人はまだしばらく立ち話を続けた。
少年は家にいったん入り「ちょっと気分転換に散歩してくる」と母親に告げ、美和と一緒に並んで歩いた。美和を家へ送る途中も、ノクターンの話はつきなかった。
まん丸の大きな月は、そんな二人を静かに見守っているかのように、優しく輝いていた。
最初のコメントを投稿しよう!