音の主

1/1
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/5ページ

音の主

   美和の足は家に向かおうとした。そのとき、離れの扉が開き、垣根にある裏戸に人の気配がした。  彼女が振り返ると、少年が立っていた。  驚いて、まじまじと彼を見つめる。色白で頬が丸く幼さが十分残る顔をしているが、中学生だろう。白い開襟シャツに黒のズボンはこのあたりの中学の制服のはずだ。見覚えがないのは、おそらく小学校が違うから、この辺りは学区の境界なのだ。   「君は、だれ?」  最初に口を開いたのは、少年のほうだった。  月も輝く夜である、子どもがこのような場所にいることは不自然である。 「あ、あの私、あっちの、川南町に住んでいるの」 「そうか」  彼は納得したように言った。校区が違うので覚えのない顔なのだ。 「もう、帰らなきゃ」  美和は言うと、罰が悪そうな顔をして踵を返した。  少年は彼女の背中に向かって言った。 「忘れ物だよ」  美和が再び振り返ると、うずくまったときに垣根に立てかけた傘を少年は手にしていた。 「あ、ありがとう」  美和は雨が最初から降っていないのに、なぜ持ってきてしまったのかそのときはじめて不思議に思った。 「じゃあね、近いけど気をつけて」 「うん、ありがとう」  美和はそう言ったものの、今度は動こうとせず少年を見つめている。 「どうかしたの?」 「あ、あの」  美和は言葉につまった。少年は促すこともせず黙って彼女を見つめたが、困惑する表情に気づいて視線を空に向けた。  
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!