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音の主
美和の足は家に向かおうとした。そのとき、離れの扉が開き、垣根にある裏戸に人の気配がした。
彼女が振り返ると、少年が立っていた。
驚いて、まじまじと彼を見つめる。色白で頬が丸く幼さが十分残る顔をしているが、中学生だろう。白い開襟シャツに黒のズボンはこのあたりの中学の制服のはずだ。見覚えがないのは、おそらく小学校が違うから、この辺りは学区の境界なのだ。
「君は、だれ?」
最初に口を開いたのは、少年のほうだった。
月も輝く夜である、子どもがこのような場所にいることは不自然である。
「あ、あの私、あっちの、川南町に住んでいるの」
「そうか」
彼は納得したように言った。校区が違うので覚えのない顔なのだ。
「もう、帰らなきゃ」
美和は言うと、罰が悪そうな顔をして踵を返した。
少年は彼女の背中に向かって言った。
「忘れ物だよ」
美和が再び振り返ると、うずくまったときに垣根に立てかけた傘を少年は手にしていた。
「あ、ありがとう」
美和は雨が最初から降っていないのに、なぜ持ってきてしまったのかそのときはじめて不思議に思った。
「じゃあね、近いけど気をつけて」
「うん、ありがとう」
美和はそう言ったものの、今度は動こうとせず少年を見つめている。
「どうかしたの?」
「あ、あの」
美和は言葉につまった。少年は促すこともせず黙って彼女を見つめたが、困惑する表情に気づいて視線を空に向けた。
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