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障子の向こうから夜の虫の鳴き声が聞こえてくる食卓で、お師匠様は神妙な顔で頷きました。
「うん。あかりにも何度か使ったね。月光百合の『光の雫』を調剤して」
「ええっ」
「おお、お師匠様、やるう。相当貴重なのにね」
ひゅう、と口笛を吹く緋乃先生。
かつて、重い病気を患って―――もう誰も周りにもいなくなった時―――でも―――それでも助けてくれたお師匠様と、先生と、そしてお薬―――
俄然、気にならない訳がありませんでした。
「どういうお薬なんですか」
「まあ、今宵、道すがら教えるんだけど…あかり、いいかな」
「はい、何でしょう、お師匠様」
私はお師匠様に向き合いました。お師匠様は真顔でした。先生の顔も、その時、鋭いものに変わっていたことに、私は気づきました。
だから背筋も自然と直ります。まっすぐに、お師匠さまを見つめました。
お師匠様は、笑っていませんでした。
「月光百合の生えている場所は、決して他言してはならないよ。存在さえも、口にしない方がいい。それほどまでに、貴重で、そして、密かに探している人も、多いんだ」
「私が来るのも、ボディーガードの意味があるくらいでさ。それくらいにまで、警戒して損はない―――それくらいの薬なの」
先生も言いました。私は頷きました。
夜の闇が、世界を覆いつくしていく時間でした。
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