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外は満月でした。
秋の虫がさざめくように、山全体を包むように鳴いていました。
夕食後間もなくして、『五月雨薬店』の裏手から、私たちは出てきました。
灯りは、お師匠様が、提灯を一つ持ってきただけです。『それで十分だから』とお師匠様は言いました。実際、凍るような月明かりで、世界は青白くて、街灯がなくても歩けそうな闇でした。
お師匠様が戸締りする脇で、朱鞠内先生が周囲を見回して、
「…誰もいやしないね。このくそ田舎だからね」
―――確かに、このあたりは寂しい場所です。
幾つかの空き家と一日二本のバス停、そして薬屋さんとお医者さん。
しかしだからこそ、『訳アリ』の患者様を診るのに都合が良いのだとも、お師匠様は言っていました。
「山の方にも気配はないね」
「それなら、行きましょうか」
先生の言葉にお師匠様は頷いて、提灯一つに歩き出しました。
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