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「……はい。今、杏樹を呼びますね?」
女性は、柔らかな声音で答えると、家の中に戻っていった。
やっぱり、綺麗な人だ。日の光の下でもその美しさは変わらずで、まだ、夢の中に居るような気がした。
やがて、バタバタと慌ただしい物音が聞こえる。杏樹だなと、顔を見なくてもわかる。
乱暴に開いた扉から、勢いよく、飛び出してきた。
「ごめん! いつもの時間に起きちゃって」
「別に良いよ」
数分と待たなかったし。昨日見かけた人にも、また会えたし。
「そういえばさ。杏樹って、お姉さん居たの?」
杏樹とは小学生の頃から、交流がある。でも、姉が居ると聞いたことは、一度もない。
「実は。再婚、したんだ。うちのお父さん……」
ばつが悪そうに、目をそらす。
「え……?」
あんなに綺麗な人と? それに、どうみても俺たちと同じか、20代前半に見える。
「さっきの人の、お母さんと。だから、わたしね。お母さんと、お姉ちゃんが出来たの……」
そうだったんだ。急な話でかなり驚いたけれど、良かったと思う。男やもめの父親を抱えて、杏樹は大変そうだったから。
「良かったじゃん。家事とか、だいぶ楽になるんだろ?」
「それは……そう、だけど」
杏樹が言葉を濁す。いつも、うるさいくらい話をする杏樹が黙ると、何だか落ち着かない。気分を変えようと、話をふる。
「新しいお姉さんとは、どう?」
まあ、社交的な杏樹なら、心配ないと思うけど。
「あのさ、直人。お姉ちゃんとは、関わらないで!」
強い口調で言い切ったあと、杏樹はすぐに、ごめんと呟いた。
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