後夜祭

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後夜祭

月明かりの下、学園祭の後夜祭が行われる。 でも、秋山は足を傷めたことを緒方先生に伝えられずに後夜祭の輪の中から外れて、校舎の壁にもたれ掛かっている。 私は秋山に嫌われるかもしれない、いや、確実に嫌われるだろうとわかっていたけれど、自分の行動が止められなかった。後夜祭で賑やかな人混みの中、緒方先生を探し出した。 「先生、少しいいですか?」 先生は後夜祭名物の焼きそばを食べずに、一人でゼリータイプ飲料を飲んでいた。 「早川さん、どうかした?」 私に腕を引っ張られるような形で人混みから引き離された緒方先生は、まだ懲りずにゼリータイプ飲料を飲んでいる。渡り廊下の陰で二人で声を潜めて話し始める。 「ダンス大会優勝したら秋山と後夜祭のダンス踊るって、先生約束しましたよね?」 「さあ、したかしら?そんな約束?」 「しました。昨日残っていたクラス全員が証人です、逃げる気ですか?」 「逃げるも何もね…。正式なダンスは男がエスコートして誘うものよ」 「それは正論ですけど、秋山は足を傷めてるから言えないんです」 「そう。それでなんで早川さんがわざわざ言いに来たの?」 「私が秋山にセンターを託して、怪我をさせたようなものだから」 「まあ、早川さんがセンターだったら4組のスライス・ガールズのダンスに負けてたかもね。4組も105票で4位だって。なかなかやるわね、今年の二年」 「そうです、秋山がセンターで踊ってくれたからこそ優勝出来たんです。だから…」 「だから教師である私がわざわざ一生徒をダンスに誘えとでも?」 「お願いします、この通りです」 私は最敬礼で緒方先生に頭を下げた。 「本音は違う癖に、いい子演じて楽しい?」 緒方先生はゼリータイプ飲料の空袋を小脇に抱えて、なんと生徒の前で堂々と煙草を吸い始めた。あっけに取られる私を尻目に、 「優勝しようが何しようが踊る気なんてないの、こっちは。あなたたち生徒は生意気、その親は口うるさい、後夜祭で生徒と踊れるほど現実は甘くないの、安心した?早川さん」 緒方先生は美味しそうに煙を吐き出す。 「でもそれじゃ、秋山がかわいそう…」 私がモゴモゴと喋ると、 「わかってないな。多少足が痛かろうが、本気で踊りたかったらとっくに来てるって。今頃、ダンス大会で彼に目を付けた女子に囲まれて、誰と後夜祭踊ろうか浮かれてると思うけど?」 「えっそうなんですか?」 「そんなに気になるなら秋山の様子見てきなさい」 「べ、別に気になってないです!」 「嘘が壊滅的に下手ね。取られる前に取る、これが恋の原則。ハイ、駆け足で戻って!」 緒方先生に煽られて、私は秋山の所にダッシュで戻っていく。緒方先生の予想は当たっていて、見慣れない女子数人に秋山は囲まれていた。 もう、遅いか。せっかく緒方先生が取られる前に取るっていう恋の原則を教えてくれたけど、この雰囲気の中に入っていく勇気はない。女子に囲まれても頭ひとつ飛び抜けて背が高い秋山は、私の姿を見つけて、 「早川、来年こそ緒方先生口説くから協力頼めるか?今年は踊れそうもないから」 私は曖昧な感じでうなずきながら、 「来年も、クラス一緒ならね」 そう返すので精一杯だった。 秋山を囲む女子たちは、私たち5組から流れた、秋山は緒方先生が好きらしいという噂が本当だと知って、敵が悪いとばかりにサーッと引いていく。確かに緒方先生美人だから。 秋山と二人並んで、校舎の壁にもたれ掛かって後夜祭を遠巻きに眺める。 空には三日月がひっそりと輝いている。秋山が突然、 「今日が満月なら俺、緒方先生のところに行けたかも」 「なんで?」 「狼男みたくさ、前のめりになれそうじゃん」 「三日月でも狼男はやる気出すんじゃない?」 「狼男は満月だろ、三日月じゃ迫力ない」 「月のせいにしてるだけじゃん、それ」 「月に代わってお仕置きしてくれそうじゃん、緒方先生って。ドSっぽくていい」 「話逸らした」 「来年ならさ、卒業も目の前だから勇気出ると思う。今行ったって迷惑なだけだし」 私はさっき緒方先生と二人で話していたときのある違和感を思い出した。 「緒方先生、本当は待ってると思うよ」 言いたくない、出来ることなら黙ってたい。本当は言いたくないけど言わなきゃ。 「そんな訳ないって」 笑いながら三日月を見上げる秋山に、 「後夜祭名物の焼きそば食べてなかったよ、緒方先生」 秋山はだからどうしたという間抜けな顔。 「焼きそば食べたら青海苔が歯に着きやすいよね?だからゼリータイプ飲料で小腹満たしてたんだよ、きっと。今からでも行きなよ、恋は取られる前に取るが原則だから」 「行かない。それ聞いたら余計に行けない。ちゃんと卒業と進路が見えてから俺は来年こそ行く」 「意地っ張り。緒方先生美人だから取られてもいいの?」 「取られたら取り返す。…なんてな。強気になりたい。来年の後夜祭は満月であってくれ。か弱い俺を狼男に変えてくれる満月がいい」 「きっと来年の後夜祭は満月だよ。もし満月じゃなかったら、私が体育館から照明借りてまん丸に照らしてあげるよ」 「心強いな。早川に踊ってみて、センターやってって言われてから俺さ、少しだけ強くなった。勢いだけど緒方先生に気持ち伝えたし、早川のおかげ、ありがとう」 なんで私は自分の気持ちを言えないんだろう。私は今、なんて返せばいいんだろう。私は秋山が好きだけど、たぶん秋山は気がついてない。だからこんなにストレートに感謝を伝えてくれる。この距離感を失いたくない。 「月が綺麗ですね」 私は一人、三日月を見上げて呟く。 「緒方先生さ、教科国語だから漱石の名台詞とか刺さるかな?」 慌てて言葉を付け足して誤魔化す。秋山は、 「月が綺麗で好きだっけ?」 「愛してるの意訳らしいよ。ちゃんと調べてから使わないと授業の続きみたくなるから気をつけて」 「確かに。文学とやらも勉強しとくか」 「大変だね、頑張って」 「早川は後夜祭行かないの?」 出し抜けに聞かれて答えに困る。 「足を傷めたのは自分だけだと思った?」 咄嗟に左足を庇うふりをする。連日のダンス練習で確かに足は痛いけれど、踊れないほどではない。秋山は驚いて、 「自分の怪我は後回しとか、それダメだろ。保健室行くか?」 「大したことないんだって、こっちも」 「お互い来年こそいい後夜祭にしたいな」 すれ違った心のまま、学園祭の後夜祭も終わっていく。取られる前に取ると恋愛の原則を緒方先生は教えてくれたけれど、秋山の心を私に向けさせるのは難しそう。それに、素直じゃないのは私だけでなく緒方先生も。 三日月の両端に私と緒方先生がいて、真ん中で秋山が揺さぶっているようなもの。恋の行方は月のみぞ知るか…。来年の後夜祭、私に勝ち目はあるのだろうか。
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