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学園祭前夜
月明かりの下、学園祭に向けて
カウントがぴったり合うまで
息を切らしながらダンスの練習。
たかがクラス対抗の出し物だから
やる気のない子が多いのに
男子にしては珍しく
君はフリのひとつひとつを
丁寧に覚えて 根気よく練習してた
曲が止まると静寂
廊下の窓から月明かり
青白い蛍光灯の光が混じって
中間色の照明みたい
ジッジッーと
グロウが切れそうな音を立てる。
「踊るって難しい」
そう言いながらまた君は熱心にステップを確認してる。
ユーロビートに合わせたフリは
わざと少しダルそうに見せるけど
足元が合ってないと決まらない。
「もう踊れてるし、いいじゃん」
「本番前に筋肉痛になっちゃうよ」
「本気になる方がダサくない?」
一人また一人、クラス対抗ダンスに熱心だった女子が練習に飽きて、帰り支度を始める。男子はそもそもサイドステップとボックスステップだけ練習して、示し合わせたようにほぼ全員帰ってしまった。
「俺、どんくさい方だからもう少し練習しておく、迷惑にならないように」
帰り始めた女子達に笑いかけてる君は、実は誰よりも一番綺麗に踊れている。習い事でちょっとダンスをかじっている私があっという間に追い越されていく。でも、もうここまで来たら覚悟を決めた。
「秋山、良かったら私のサビのパートも頼んでいい?」
君は熱心に確認していたステップを止めて、
「なんで?早川が考えたフリなのに?」
私はサビのターンが複雑に入るフリを踊ってみせて言う。
「秋山の方が見栄えがいい。ターンのときに軸がぶれないし、キレがある。足のリーチが長いから目立つし」
そう言うと、
「じゃあ、二人でステップで前に出て同じフリで揃えれば迫力出ないかな?」
「いいアイディアだけれど、二人同じフリで揃えるには実力差がありすぎるよ。秋山って部活とかやってないのに、なんでこんなに踊れるの?」
「剣舞とか田舎歌舞伎って知ってる?小中学校は剣舞や田舎歌舞伎が盛んな地域で育ったから。剣舞も今のダンスも通じるところあるからじゃない?」
「剣舞やってたの?どうりで上手いはず」
「そんなに熱心だった訳じゃないよ」
「よし、もうセンターは秋山で決まり。先に練習から帰った子達も文句言わないよ、こんなに上手いなら」
「俺、センター?フリつけした早川がセンターやると思ってたから足引っ張らないように真面目に練習したのに。それは酷くないか?」
「いいじゃん、男子のセンターってTOPのjamさんみたくて」
「勘弁して、絶対学園祭の次の日から俺がからかわれるって」
「jamさーん」
「俺、jamさんじゃないし!あんなカッコよくない」
「いや、秋山はjamさんみたいにカッコいいと思うよ」
秋山が一瞬えっ?という表情をしたから、私は慌ててラジカセのスイッチを押す。CDがツッーという微かな音を立てて回り始めた。ノリは良いけど転調が多いダンスミュージックが廊下に響き渡る。
サビの振り付けを秋山に教えていると、担任の緒方先生が、
「そろそろ学園祭の準備もお開きにしてください。学園祭も遠足と同じ。無事家に帰るまで気を抜かないように、帰り道も気をつけて」
学園祭の準備で残っているクラスメイトに声を掛ける。秋山が緒方先生の注意を無視して話しかける。
「先生もクラス対抗ダンスに参加しませんか?」
緒方先生はクスッと小さく笑う。
「私は踊れるけどこういうのは苦手なの」
秋山は先生の気を惹きたいようで、
「先生はどんなダンスだったら踊るんですか?」
「秋山君でもなんとか踊れそうなのはワルツかな?こういうのは踊れてもルンバやタンゴは無理でしょう?」
子どもは相手にしませんオーラが緒方先生から出ている。それに気がつかないのか、
「じゃあ、明日のクラス対抗ダンスで優勝したら、俺と後夜祭でワルツ踊ってくれますか?」
残っていたクラス全員がどよめいた。後夜祭のダンスはカップル成立を意味する。緒方先生は、一瞬頬がひきつってすぐ元の余裕たっぷりの顔に戻る。
「ワルツ舐めてるわね。優勝したら後夜祭で大恥かくことになるけど?」
「優勝したらその後ワルツ練習します、教えてください」
秋山のめげない追撃に、
「優勝したらねぇ。たらればのお話に付き合ってる暇はありません。さあ、下校準備してください」
緒方先生は大人の対応でざわつくクラスメイトたちをあしらう。
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