第二章 一緒にがんばろうね

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 その後、美和ちゃんたちと、いつの間にか一緒にいたサギとも合流し、ファーストフード店でおしゃべりをした。もう春奏さんとしゃべることはなかったけど楽しかった。  五時前くらいになると、いよいよお開きとなった。駅まではみんな一緒なので、そろってシャトルバスに乗り込む。   駅に着くと、ここで本当の解散となった。みんなが電車で帰る中、僕と春奏さんだけはここから徒歩だ。  つまり、また二人きりになったのだ。 「じゃあ春奏のボディガードを頼んだよ、クッくん!」 「は、はい!」  なんて美和ちゃんに返したら、笑われてしまった。滑稽に見えたようで残念だ……  駅から僕の家までは、歩いて二〇分以上かかる。春奏さんとの分岐点までが一五分ほど。それまで、二人っきりだった。 「に、荷物、持つよ」 「いいよ、悪いし」 「ううん、僕は何も買ってないから」  半ば強引に春奏さんの買い物袋を持ち、道の道路側をキープする。とりあえず、最低限のマナーだけは済ませた。  歩幅を合わせながら、静かに歩く。さっきは頭が働かなかった僕だけれど、今はどうしてもしたい質問が一つだけあった。 「……仲直りできた?」 「うん」  バスでは、牡丹さんの計らいで、春奏さんと美和ちゃんが隣り合って座った。道中で二人が話しているのが見えたので、これはただの確認だった。 「よかった」 「ありがとう」 「僕は別に……」  僕は春奏さんのことがまともに見られずにいる。言葉の一つ一つに心臓が波打つので、顔を見れば声も出なくなりそうな気がしたのだ。 「……美和が、また五人で遊びに行こうって。くーくんは大丈夫かな?」 「も、もちろん」 「ふふふ、よかった」  今日は来て本当によかった。雲行きが怪しくなることはあったけれど、一つのきっかけで春奏さんと話せるようになったし、また誘ってもらえた。  終わりよければすべてよし。でも、これで終わりとするには不安があった。  緊張する。もう、心臓が飛び出そうなくらい。それでも、後藤さんが言っていたとおり、男からしなければならないのだ。 「あ、あの!」  僕はふいに足を止め、春奏さんを見た。春奏さんは、驚いたように立ち止まる。 「り、LEEN教えてください!」  渾身の勇気。個人的な事情なだけに、店で話しかけたときよりもずっと覚悟がいった。 「あっ……ごめん」  ……答えはノーだった。正直、想定外だった。 「そ、そうだよねっ! あの、ごめんなさい! 急に……」 「えっ? あ、ちが――」 「だ、大丈夫! それが普通だと思うし」 「……違うの」  僕が慌てていると、春奏さんは困ったような顔をして、声の通るタイミングを計って言う。 「え?」 「美和が、グループ作るって。それでわかるから。……それに、実は前からくーくんのアカウントを美和から送られてて……そ、それなのに送ってなくて、ごめん」  どうやら、春奏さんはすでに僕のアカウントを知っているらしい。そりゃあ、今日までの関係で送ってこないのは当然のことだ。 「い、いえ、こっちこそ、勘違いしてごめんなさい……」  恥ずかしい……。僕が一方的に焦っているので、春奏さんに申し訳ない気持ちにもなる。 「私も言っちゃってるけど、謝らないでおこうね」 「あ、うん」 「えへへ」  そういえばそうだった。春奏さんは楽しそうに笑う。 「帰ったら、私から送るね」 「うん」  春奏さんが先に歩き出すと、僕は急いで隣に並ぶ。緊張しているはずなのに、彼女の隣は居心地がよかった。 ○  帰宅してから、僕はずっとスマホを見ていた。  しばらくすると、「ハルカナ」という名前のアカウントからメッセージが来る。きっと春奏さんだ。僕は反射的にそれを開いた。 〈こんばんは。春奏です〉  僕は急いでメッセージを返す。 〈 こんばんは〉 〈今日はありがとう〉  今日、何度も言ってくれる言葉だった。改めて文字で見ると、うれしくて頬がゆるむ。 〈 あれは僕がしゃべりたかっただけだから〉  打ってみて、結構恥ずかしいことを言ってるのだと自覚する。甘えている感じ。でも、口でも言ったことだからと、そのまま送った。 〈萌え〉  少ししてから、春奏さんらしからぬ返事がくる。萌え、て。 〈 はい?〉 〈しゃべりたかったって言ってくれたとき〉 〈これが萌えなのかなって思いました〉  喜んでいいものかわからない言い回しだった。萌えってかわいいアニメキャラとかに使うものって思ってたんだけど。 〈 萌え・・・〉 〈春奏さんって呼んでくれたときも〉 〈帰り道、LEEN教えてって言ってくれたときも〉 〈萌えってこれかとちょっとドキッとしました〉 〈 それって、良い意味にとらえていいのかな?〉 〈もちろん、良い意味しかありません〉 〈だからね、くーくんとしゃべれて本当によかったって思う〉  それを言ってくれると、もう舞い上がりそうなほどうれしいのだけれど。 〈 それはよかったけど〉 〈 萌え・・・〉 〈キュンとするって感じかな〉 〈うれしいとか楽しいとかもろもろ。とにかく超絶ほめ言葉です〉 〈 そう・・・〉  まあいいか。それにしても、LEENだとずいぶんとノリが違う。この辺りが「おもしろい」なのだろうか。たしかに、僕はずっとニヤニヤしていた。 〈いつでもLEEN歓迎です〉 〈授業中でもOK〉 〈 えー〉 〈私は授業中にスマホを見れないチキンなので、返信は休み時間です〉 〈 じゃあ意味ないよ・・・〉 〈www〉  春奏さんはLEENだとおしゃべりらしい。独特な言い回しとギャップがおかしかった。  その後も少しやり取りをした。本当に他愛もないことばかりだけど楽しかった。  その夜、僕は春奏さんのことで頭がいっぱいだった。今日のことを回顧しては、ドキドキしてもだえた。  もう何の疑いもない。  涙から始まった彼女の表情が笑顔に染まったとき、僕は恋に落ちた。
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