第五章 声も勇気も足りていない

2/3
前へ
/26ページ
次へ
 夏菜に勇気づけてもらえたから、今晩こそ春奏さんと話そうと思っていた。しかし、できなかった。  というのも、まずは美和ちゃんからLEENが来たことから始まった。美和ちゃんからテストの打ち上げを提案され、僕はあれこれと質問に答えた。  それが終わると、今度はグループLEENが動き出した。美和ちゃんはなぜか僕を中心に予定を組もうとしているらしく、さっき答えた日程が候補になっていた。ちょっと気まずい。  そして、当然春奏さんも会話に参加していた。その状態で僕が個人的にLEENするわけにはいかず、その日は諦めたのだった。  次の日は土曜日だった。休みを活かして掃除や洗濯なんかを済ませると、本を読んでのんびりと過ごしていた。  ふいにスマホが音を立てる。見ると、LEENの通知だった。美和ちゃんからだ。 〈今ひま?〉 〈ひまだったら駅まで来られない? 〈ちょっと気になることがあってさ〉  お願い、と手を合わせているスタンプが最後に送信される。 〈 気になること?〉 〈ちょいと意見をうかがいたい〉 〈ニュースがあって〉 〈クッくんもいてくれたら心強いんだよ!〉  休みの日にもかかわらず、美和ちゃんはわざわざ駅まで来ているらしい。そして、僕が力になれることがあるという。  たしかにひまなので、断る理由はなかった。言い方からして二人で会うわけではなさそうだし、春奏さんに会える可能性も高い。とりあえず話さえできれば、自然にLEENを再開できるかもしれない。僕は行くことに決めた。  急いで準備し外に出る。夜に降った雨はすっかりあがっており、外は好天で、少し暑いくらいだった。待たせているわけだからと、僕は早足で歩いていく。  例の緩やかな坂道を下りていき、一号線で右へ曲がる。長い直線を五分ほど歩くと左側奥に駅ビルが見えてくるが、待ち合わせ場所は道路沿いのファーストフード店になったので、このまままっすぐに進んでいく。  もうすぐのところまで来ると、ちょうど視線の先には春奏さんが見えた。僕に気づくことなく、中へと入っていく。やっぱり呼ばれていたらしい。  ふと、昨日のことを思い出す。春奏さんに告白する。そんな使命が与えられたので、僕はいつも以上に緊張してしまっているらしい。この距離でもドキドキしてしまう。  とりあえず話せるように。まずはそこからだ。意識しすぎて話せずに終わることだけは許されないし、今日のところは告白なんて考えないようにしよう。  数分遅れでお店に着くと、ドリンクだけ購入してみんなを探す。中はもうクーラーが効いていて、ほどよく涼しかった。  禁煙フロアになっている二階をのぞくと、そこに春奏さんと美和ちゃんの姿があった。 「ここだよー」  四人席に向かい合って座っている二人。美和ちゃんが奥のベンチシートに、春奏さんが手前の椅子に座っている。  美和ちゃんがシートの真ん中にいることもあり、僕は自然と春奏さんの隣の椅子に腰かけた。 「牡丹は来ないの?」 「今日はそのことなんだよ」  春奏さんの質問に、美和ちゃんは眉間にしわを寄せながら言う。悩んでいる風なのだけれど、なぜか真剣に考えているように見えない。 「あの……サギも呼んでないの?」 「そのこともなんだよ」  僕は春奏さんのほうを見る。同じ動きをしていたようで、パッと目が合う。  こんなに近くにいること自体が久しぶりだからあがってしまい、僕はすぐにまた美和ちゃんのほうを向いた。 「牡丹とサギくんがどうかしたの?」  春奏さんが訊いた。色々と想像はつくけれど、はっきりと知りたいのだろう。 「今日さ、三人で遊びに行こうと思ってたけど、牡丹が無理だったんだよ。それで私たちも会わなかったんだ」  春奏さんの質問に答えずに言ったそれは、僕の知らない三人の事情だった。僕向けの事前の補足説明なのだろう、小さくうなづいて返す。  そして美和ちゃんは、今度は僕と春奏さん、二人に向けて話を始めた。 「特になんの予定もなかったからさ、ふらっと自分ちの最寄り駅辺りに行ったんだよ。そしたら、そこにサギくんがいたの。  私、声かけようとしたんだけど、ふと、なんでこの駅に来るんだろうって思ったんだよ。だって、別に何もない場所だからさ。  それでハッとなって後をつけてみたの。そしたら案の定だった……牡丹と会ってたんだよ」  美和ちゃんと牡丹さんが幼なじみだ。美和ちゃんからしたら、サギが自身の地元に用があるとすれば、牡丹さんのこと以外ありえないと思ったのだろう。その予想が的中した。  サギが牡丹さんに好意を抱いているのは予想できた。しかし、もう一緒に出かけるほどの仲になっていたなんて思ってもみなかった。友人のことながらドキドキしてくる。 「そ、そのあとは?」  そううながす春奏さんにも動揺が見られた。 「牡丹って勘が鋭いから気づかれそうだと思ったし、あんまり深追いするのも悪いと思ったからそこでおさらばしたよ。その足でこっちまで来て、二人を呼び出したんだよ」  それで突然だったわけか。これは事件だった。 「さあ、どう見るお二人さん? あの二人が付き合ってるか否か」  美和ちゃんが盛り上げるように言う。かなり楽しんでいるようだった。 「牡丹ってかなり堅いし、さすがに付き合ってはいないんじゃないかな」  春奏さんの見解に、僕もうなづく。テスト中に距離を縮めたとは思えないからだ。 「クッくんは何か聞いてないの?」  ふいにこっちへ質問が来た。思えば、サギ側の情報を期待して呼び出したのだろう。しかし、残念ながら僕は何も知らなかった。 「ううん、そういう話題にならないから」 「そっかー。男子って恋バナとかあんまりしない感じ?」 「僕らはそうだね。美和ちゃんこそ牡丹さんに訊いたりしないの?」  美和ちゃんこそ恋バナが好きそうだし、普段からそういう話をしてそうなものだ。 「訊いても言ってくんない。別に、って言っていつもはぐらかすだけなんだよ。私、結構頻繁に訊いてるのに、一度もこういう話に乗ってきたことがないよ。牡丹って男っぽいのかな?」 「頻繁に?」 「小学校のころから牡丹のことが好きな男子の噂とかよく聞いたんだよ。で、牡丹の気持ちを訊いてみるんだけどまったく漏らさないの。  私もやけになって、毎日恋バナを振ってみたんだけど、冷たい反応ばっかし返ってきてさ」 「毎日……」 「そ、それで嫌気が差して冷たく返すようになったんじゃない?」  しつこい質問にイライラしながら返す牡丹さんが容易に想像できる。 「もう長い付き合いなんだから言ってくれてもいいじゃん!  高校でもモテてると思うから、彼氏の一人や二人いてもおかしくないと思うけど、そういう話はぶった切りされるからね。超秘密主義者だよ」 「言ったら美和にいじられると思ってるんだよ、多分」 「えー、そんなことしないって」 「絶対するでしょ……」  春奏さんの声には呆れが入っている。多分、桝田先輩のことで自身にも思い当たるところがあるのだろう。 「それにしてもさ、男女グループだったらグループ内恋愛もあるもんだよね」  美和ちゃんが言う。なんとなく僕は、探偵を前にした犯人のような気分になった。 「そうなのかな」 「リア充、的な感じ。私らもそう呼ばれることになるのかもって思ったよ」  リア充……僕にとっては現実離れしている存在だ。  でも、今自分はグループの一人という扱いをしてもらえているし、自身にも周りにも恋の種が生まれている。いつの間にか、すっかり僕も高校生なのだった。 「恋愛禁止とかにするのもよく聞くよね。クッくんはグループ内恋愛賛成派? 反対派?」  困惑する二択だ。自身のこともあり、当然反対派なんて言えるわけはない。でも、賛成派と力強く言ったら、きっと美和ちゃんから追及されるだろう。 「わ、わかんないよ」  だから、無難ににごしておく。それしか選択肢がなかった。 「春奏は?」 「どうだろう」 「なんで二人ともあいまいなのさ……」  美和ちゃんは呆れた顔をして言った。僕としても、春奏さんの答えは気になっていたのだけれど。 「……なんていうか、今までどおりにいられなくなるなら嫌かなって」  それは、僕の胸にズキリとくる言葉だった。どうやら、春奏さんは関係の変化を恐れているらしい。 「ってことは反対派じゃん。反対派の理由って大体それじゃない?」  春奏さんが反対派……となると、昨日夏菜が言っていたような、告っても関係が変わらないという期待が薄くなってしまう。思わぬ形で、僕は危機におちいっていた。 「ううん、反対ってほど強くはないよ。今までどおりにいられたらいいし……だから、隠してくれたほうがいいのかな」  すると、春奏さんはそれを否定した。でも、相変わらず微妙だった。 「えー。うーん、でもそのほうがいいのかな。クッくんはどう?」 「えっと、僕も今までどおりにいられるなら……。僕の場合、こうして呼んでもらわないと話す機会も少ないし」  学年が違う僕は、グループというくくりに入れられていないと、関わることがなくなってしまう。それはどうしても困るので、ここは春奏さんの意見に賛同したのだ。 「そんなこと言わないでよ。別にLEENとかしてくれたら、いくらでも話せるじゃん」  それは美和ちゃんの言うとおりだった。単に、自発的に人と関わろうという意識が、僕に足りていないだけなのだ。 「遊びにだって誘ってくれていいよ。なんなら、二人きりでもいいよぉ」  とんでもないことを言う。二人きり……それってモロにデートじゃないか。美和ちゃんのいたずらっぽい顔を見て、動揺したら負けだとわかっているものの、それを抑えられる余裕が僕にはない。 「……さ、誘えるわけないよ」 「ふっふーん。あ、でもマジでいいよ。別に今彼氏とかいないし、クッくんに誘われたら喜んで行くよ」  今度は優しい顔で言う。美和ちゃんの母さんに似た緩急のつけ方は、僕の弱いところを的確に突いていた。なんとなく、一回くらいは誘わないと、って思わされる。 「私らほら、ファンだし。ねっ」 「え、あ、うん」  春奏さんに振ると、とても困ったような返事をした。そりゃ、春奏さんは僕と二人きりなんて困るだろう。もちろん、いつかは、とは願うけれど。 「その……二人ってのはともかく、誘えるようにならないとね」 「そうそう。こういうのは音頭とってくれる人のほうがモテるもんなの」  たしかに、美和ちゃんがモテそうに見えるのは、こういうところなのかもしれない。 「じゃあとりあえず、うちは恋愛禁止ということで。こっそり育みましょう」  美和ちゃんがそんな締め方をする。なんだかドキドキするルールだった。 「美和はなんにもないの?」  春奏さんが訊く。そういえば、美和ちゃんは僕ら二人に委ねっぱなしだった。 「ん? 私はルールがあってもなくても関係ないから」 「……じゃあもうなんでもいいんじゃない」  春奏さんが呆れた顔でにらむ。美和ちゃんの前だとこういう表情が見れるから楽しい。 「実際、好きになっちゃったらそんなの関係なくない? 今までどおりがいいって言う春奏だって、付き合っちゃえば彼氏のほうに夢中になっちゃう気がするよ」 「そんなことないと思うけど……」 「春奏みたいなタイプのほうがはまるんだよ。そうなったら私らのことなんて相手にしなくなるかもよ」 「絶対にないよ」  美和ちゃんペースで恋愛トークが続く。果たして僕がここにいていいのか。色んな意味で、不安で気まずかった。 「……私はね、四コマ漫画みたいなのがいい」  春奏さんがボソッと言う。僕と美和ちゃんは目を合わせ、首をかしげた。 「どゆこと?」 「秋音(あかね)が持ってる漫画は、女子高生が恋愛とかせずに、ひたすら仲良しなのが多いんだよ」 「漫画って――あ、あかねちゃんってのは春奏の妹ね」 「あ、うん」  美和ちゃんがわざわざ補足説明してくれるけど、毎日LEENしていた僕はすでに知っていた。春奏さんに愛されてる妹さん。たしかちょっとオタクなんだとか。 「友達同士のゆるいやり取りが世界の全てみたいで、こういうの良いなぁって思いながら読んでるんだけど」 「いや、知らんがな。ただ、その感じだと男子高生のクッくんをはじくことになるけどいいのかい?」  春奏さんが僕を見る。そして、何か思いついたような顔をする。 「……くーくんはこっち側」 「だよねー」 「ええっ……」  どうやらいじられてしまったようだ。LEENだといつものことだけど、リアルだと初めてだ。  それに対し、僕は怒らなければならないのだけれど、うまく反応できず、あたふたしてしまう。 「じょ、冗談、だけど……」 「う、うん」  すると、春奏さんはあっさり抜いた刀を戻した。悪いことをしたかもしれない。 「あ、でも冗談だけじゃなくて、くーくんはゆるい感じでいてくれそう、かも……」 「じゃあ結局女子枠じゃん」  美和ちゃんが意地悪な顔をしてそう落とした。僕はムッとした顔をして返す。  きっと春奏さんもこういう表情を求めていたのだろう。もう一度春奏さんを見ると、少し不満げに見えた。 「てかさ、そんなこと言って、春奏が一番先に彼氏を作りそうな気がしてるんだけど、その辺りはどうなの?」 「……それはもういいって」  美和ちゃんは、今度は春奏さんに意地悪な顔を向ける。春奏さんとしては困る話らしく、露骨に嫌そうな顔で返した。  そして、その質問は僕が不安になるものであり、胸がギュッと絞られる感覚になった。
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

23人が本棚に入れています
本棚に追加