第七章 弟にはなれないよ

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第七章 弟にはなれないよ

 次の日が休みなのをいいことに、その日は結局、深夜までやり取りをした。  桝田先輩の話の後は、夏菜のことを追及された。吹奏楽部キス事件と称され、ファンクラブの議題にしようかと悩んだそうだ。  牡丹さんはともかく、美和ちゃんはノリノリで話を膨らませ、僕をいじるネタとして大々的に取り上げたことだろう。本当、言わないでくれてよかった。  日曜日、僕が目を覚ましたのは昼前だった。スマホで時間を確認するときに、つい昨日のやり取りを見てしまう。  昨日は楽しかった。よっぽどモヤモヤしていたのだろう。春奏さんの話は尽きなかった。  そんな中で、僕はこれからのことを考えていた。  多分、春奏さんは桝田先輩のことが好きだ。それが恋かどうかはわからないけれど、異性として見ていて、はっきりと意識している。  桝田先輩はきっと、まだ春奏さんのことが好きだ。美和ちゃんはそんな二人をくっつけようとしていて、背中を押している。  このままだと、すぐに二人が付き合うことになるかもしれない。昨夜の会話でそれがわかってしまった。だから僕は焦ったのだ。  春奏さんとしゃべるのは楽しい。ずっとこうしていたい。  僕も春奏さんと同じで、関係の変化を恐れている。だから、失敗して話せなくなることを恐れ、告白するのはもっと先の話だと決めつけていた。  それでも、夏菜の提案を受けて告白のことを考え始めていた。その矢先に現状を知った。  桝田先輩はすでに気持ちを伝えている。僕は異性としても見られていない。この差は見た目や性格以上に大きなものだった。  気持ちを伝えても僕次第で今の関係のままでいられると、夏菜が言ってくれた。  異性として見てもらうために、桝田先輩と同じ土俵に上がるために、僕はしっかりと伝えなければならないのだ。  僕の気持ちを、春奏さんに。 ○  朝食と昼食を一回で済ませると、ベッドの上に座り込み、スマホを手に取った。  恋の病と言うけれど、ベッドで苦しんでいると、本当に病気のような気分になる。そう思って立ち上がり、部屋の中をウロウロしながら策を練る。  LEENで告白するのは嫌だ。だから会いたいのだけれど、二人きりになる機会なんてない。だから、作るしかない。  今日、春奏さんは暇だと言っていた。いつもなら絶対にLEENを送らない時間に、僕は思い切って文字を打ち込む。なんとか会うことはできないものだろうか。 〈 こんにちは〉 〈 今ひまかな?〉  連続して送信。今しようとしているのは、つまりはデートの誘いだ。できるわけがないと思っていたことが、焦燥感に駆られるとあっさりできてしまうらしい。  そのまましばし待つ。しかし、一向に既読が付かない。  まだ寝てたりして。あるいはスマホを置いてどこかへ出かけてしまったとか。  待つこと一時間。それでも既読が付かない。思い切って行動したときほど、僕は空回りしてしまうようだ。こうなると冷静になってくるため、また不安ばかりが大きくなる。  昨夜、春奏さんの律くんへの想いを知った。律くんの味方で居続けたいから、春奏さんは自身の幸福すら疑うのだ。  僕はそんな春奏さんの力になりたいと思っている。  でも、僕が春奏さんのことを女性として好きだと知られたら、僕に持ってくれている安心感や信用を消してしまわないだろうか。  春奏さんは僕を信じて、辛い出来事を話してくれた。だからなんとしてでもその信用に応えたいと思っているのに、告白によってその権利を失うことにならないだろうか。  ずっと待っていると、現れる不安を打ち消す作業の繰り返しになった。夏菜や母さんの言葉を借りて、僕は不安と戦う。  思えば、僕だって人に助けてもらってばかりだ。僕はそうして助けてくれた人に応えたいと思っている。  恩返ししたいと思っている。そうして責任感を持つことで、もっと強くなれるのかもしれない。  そんなことを考えながら、僕は日曜日の午後を過ごしたのだった。 ○  結局、返事が来たのは五時前だった。 〈ああああああああ!!!!〉 〈ごめえええええええん!! 本読んでたあああああ〉  そのテンションの高さに、悩んでいた自分がおかしくなって笑ってしまった。昨日、落ち込んでいた春奏さんだけど、今日は初めから元気だ。 〈 急にごめんね。今日はひまだって言ってたから、ちょっと話したいって思っただけなんだ〉 〈ひまだったから秋音の部屋で本を読んでたんだよおお!!〉 〈ああああーくーくん損したあああ〉 〈 くーくん損した!?〉 〈癒しを蓄えたかったあああ〉 〈今からでも遅くない?〉  遅くない、と言いたいところだけど、ちょうど今から家を出るところだった。夕飯の買い物へ行こうと思っていたのだ。  こんな時間になり、どこかで会えないか、なんて誘うのは不自然だ。来てくれるかもしれないけれど、この春奏さんのテンションを下げてしまったらと思うと気が引ける。やっぱり、今日は厳しいと思った。  LEENなら夜にもできる。既読が付かなかったことで、焦る僕の手綱を引かれた感覚もあったし、一度落ち着こう。 〈 実は今から買い物で・・・〉 〈 またいつもくらいの時間にLEENするよ!〉 〈 ごめんね、僕からLEENしといて・・・〉 〈いやいや、気づかなかったの私だし!〉 〈てかそれも謝り癖だよ! くーくん全然悪くないからね!〉 〈まあまた夜だね!〉 〈今日の晩ご飯、くーくんが作るの?〉  この時間の買い物ということで、すぐ察しがついたようだ。僕としては、主婦のまね事をしているようで恥ずかしいのだけれど。 〈 うん。日曜は僕なんだ〉 〈くーくんご飯食べたい!!〉  本当にテンション高いな。うれしいけど切ない感じもする。告白の後もこのままである保証なんてないのだから。 〈 食べたいなら食べてもらいたいな〉 〈前に美和が食べてたの見て羨ましゅう思ってました〉 〈イチャイチャあーん事件〉 〈 それも未遂!〉  なんでも事件にしたがるんだから、まったく。  あの時は、美和ちゃんとおかずを交換したっけ。春奏さんだって、こっちに来てくれていたらいくらでも食べさせてあげられたのに――  僕はふと思いついた。 〈 明日のお弁当、春奏さんの分も作ろうか?〉  食べたい春奏さんと食べさせたい僕。一致しているなら、そうすればいいじゃないか。 〈 春奏さんさえよければ作っていくよ〉 〈えええええ〉 〈食べたい超食べたい〉 〈でもさすがに悪いんじゃ・・・〉  春奏さんはのってきてくれた。もちろん、遠慮などいらない。 〈 いつもしてることだから、全然大丈夫だよ〉 〈 じゃあ作っていくね〉 〈ああ! じゃあ私も持っていくから交換しよ!〉  名案とばかりに言う。それは楽しそうだった。 〈 春奏さんが作ってくれるの?〉 〈それは自信ない・・・というかなんか申し訳ない〉 〈うちの夕飯の残りとかになるけど、それでいいのなら〉 〈 もちろんいいよ。楽しみ〉  春奏さんがノリノリで良かった。そして、大事なのはこの後だ。 〈 一緒に食べたいんだけど大丈夫かな?〉 〈もちろんだよ!〉 〈うわあ、楽しみ!〉  春奏さんは本当にうれしそうだ。なんとなく、罠にはめようとしているような気分でもある。 〈 じゃあ期待に応えられるようにがんばるよ!〉  とりあえず、これで二人で会うことができる。そのときに、僕は自分の気持ちを伝えようと思った。  気合を入れて夕飯を作ると、献立の数がいつもより多いからか、母さんはたいそう喜んでくれた。母さんの好物ばかりだと言われたけれど、それは母さんが基準になって得意料理が決まるだけのことだったりする。  夜にはまた春奏さんとLEENした。もちろん、話題は明日のことだ。 〈やっぱり恥ずかしいもんね〉 〈じゃあ、二人で〉  春奏さんに「二人とサギくんにも声掛ける?」と尋ねられたけど、僕はそれをやんわりと拒否した。すると、春奏さんは都合よくそう解釈してくれた。 〈 いつものところで、ね〉 〈うん!〉 〈楽しみだああああ〉  僕の企みなんて知らない春奏さんは、相変わらず上機嫌だった。  こうして気軽にLEENすることは今日が最後になったりして。そう思うと悲しい気持ちになる。でももう決めたことだからと、僕は悩むのをやめた。 ○
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