第二章 一緒にがんばろうね

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「……聞いてたよね?」 「ごめんなさい」 「ううん、こっちこそ……ごめん」  さっきの場所に、僕は我田さんと入れ替わる形で座った。重々しい空気の中で言葉を探すけれど、気の利いた言葉は見つかりそうになかった。 「……春奏は超人見知りだし、クッくんも控えめなほうだし、私も最初からすぐにしゃべれるとは思ってなかった」  僕が悩んでいると、美和ちゃんから話を切り出してくれた。僕は小さく相槌を打つ。 「それでも、会ってればすぐに慣れるって思ってた。私、春奏みたいに繊細じゃないから、それが普通だと思ってたんだ。  だから、春奏にあんな顔させるつもりなんてなかった」 「……ごめん、僕のせいで」 「クッくんのせいじゃないでしょ。私が誘ったんだし」 「そんなこと……」 「実際、私のせいだよ。そもそも、私たちといると超おもしろいとか言ったくせに、クッくんに気を遣わせて……おまけにあんなケンカみたいなの見せちゃって。  ホント、最悪」  最後に吐き捨てるように言った言葉は、本当に美和ちゃんの口から出たのか疑わしいほどのものだった。胸が苦しくなる。 「……さっきだって、私が勝手にゲーム始めちゃったのが悪いのに、春奏が、自分のせいで嫌な思いさせた、って凹んじゃって……」  やっぱり、あそこで急にサギを探しに行ったのは不自然だった。だから我田さんに責任を感じさせてしまったし、仲たがいのきっかけを作ってしまったのだ。 「それも……僕のせいだよ。さっきは、そうしたほうがいいかなって思っちゃって……僕も我田さんと同じで、自分がいないほうがいいんじゃないかって……」 「やっぱり、二人に気を遣わせてる私が悪いんじゃん……」  誰が悪いか論争は、堂々巡りの様相だった。僕が言えば言うほど、美和ちゃんが傷ついてしまう気がする。  美和ちゃんの表情をうかがう。すると、叱られた後の子どもみたいな、弱々しい顔をしていた。  まずい、ここで泣かせてしまうわけにはいかない。こっちが取り乱すようなことになればもうおしまいだ。 「僕は美和ちゃんに誘ってもらって、すごくうれしかったよ」  なんとか前向きな言葉を絞りだす。美和ちゃんがこちらを見る。 「我田さんが嫌とか、そんなこと全然なくって。……ただ、我田さんを傷つけてしまうのが怖かっただけなんだ」  そう言いながら、僕は考えていた。そもそも、自分がこんな性格じゃなかったら、もっと上手く立ち回ることができていた。  僕が我田さんに遠慮していたのは、彼女が僕を嫌がっていると思い込んでいたからだ。僕自身の人見知りも重なって、距離を置くことが正解だと思っていた。  だから、簡単なことだったのだ。お互いの遠慮を解消し、美和ちゃんを安心させることは。 「……戻ろっか」 「クッくん?」  僕は気合を入れて立ちあがった。 「行こう」 「う、うん」  泣く隙を与えないために、急かすように促す。美和ちゃんは驚いたような顔をしていた。  通路に出て辺りを見回す。そういえばサギをほったらかしにしているけど、この際放っておこう。そのうち会えるだろう。まずは我田さんだ。 「どこに行ったのかな」 「そこだと思う」  事前に予定していたのか、美和ちゃんが教えてくれる。  それはすぐ近くにあるお店で、中は美容、健康グッズを中心に、様々な雑貨が並んでいる。どうも男子を歓迎してなさそうな雰囲気のお店だった。  中に入ると、すぐに我田さんと牡丹さんを見つけた。  僕は覚悟を決めた。心臓がバクバクと大きな音を立てている。これから僕は自分の頑丈さを見せるために屋上から飛び降りようとしている。それくらいの緊張感だった。 「ああ、一緒だったんだ」  牡丹さんが知らないふりをして言ってくれたので、僕はうなずいて返した。  我田さんは僕がいるからか、あるいはさっきのことで美和ちゃんに対して気まずいのか、チラッと一瞥するだけだった。すぐにまた商品のほうに意識を向けている。  二人が見ていたのは、普通の雑貨だった。女性向けの美容グッズでないことに僕はホッとする。これなら、まだ話しかけやすいと思ったのだ。 「わ、我田さんは何を見てるの?」 「……えっ? ええっー!?」  突然のことに、我田さんはかなり驚いたようだった。美和ちゃんと牡丹さんからの視線を感じるが、今それは気にしない。僕は自然に我田さんの隣へ行き、商品を探る。  そこには、楽器をかたどったものなど、音楽をテーマにした雑貨が集められていた。 「……我田さんって、楽器とか好きなの?」 「え、あ、うん……」  かわいそうになるくらい動揺する我田さん。やっぱり申し訳ない気持ちになるけれど、ここは我慢してもらうことにする。  この不穏な空気を作った原因である僕がしなければならないことは一つ。我田さんとしゃべることだった。  我田さんの遠慮と不安を取り除くためには、僕が彼女と話したがっているという証明が必要だった。そうすれば、我田さんへの誤解も解け、美和ちゃんが僕を誘ったことに意味を持たせられるし、二人の口論の理由もなくなるはずだ。  そして、まず僕自身の本音として、我田さんとしゃべりかった。だから、必要なのは覚悟だけだった。二人の口論は、僕に強迫的な作用をもたらしたのだ。 「やっぱりそうなんだ。……えっと、この前も吹奏楽部って話に興味持った気がしてて、だからそうなのかなって思ってて」 「う、うん……」  めっちゃ困ってる。でも、別に嫌われているわけではないと自分に言い聞かせながら話しかける。  最悪、こうすることで今から嫌われてしまうかもしれない。でも、それならもうどうしようもない。美和ちゃんの手前、ここは無理をしてでも話さないと。 「何か楽器とかやってたりするの?」 「む、昔ピアノやってた……。あ、あと、お母さんが元プロ奏者で――」 「え、すごい!」  思わず出た僕の素の反応に、我田さんは気恥ずかしそうにほほ笑んだ。 「珍しいけど……すごくはないよ」 「すごいよ! なんの楽器?」 「お、オーボエ」 「えっ、本当?」 「うん……」  まさかのマイナー楽器で、まさかの僕と同じ。だからこの前、興味を示していたのかも。  テンションの上がった僕は、質問を続ける。 「今はもうやってないの?」 「……たまに呼ばれて吹くことはあるみたいだけど、もうプロじゃないって。今は近くでピアノの先生やってて」 「あ、だから我田さんもピアノを」 「うん……でも、私不器用で全然才能なくって、小学生で辞めちゃった」 「そうなんだ」  勢いでしゃべっていた僕だったが、自然な流れで会話が終わると、急に次の言葉が出なくなった。  このままでは悪いと思い、僕は美和ちゃんか牡丹さんに助けを求めようとした。 「あ、あれ?」 「えっ……」  ざっと店内を見渡しても、二人の姿が見当たらなかった。我田さんもそれに気づくと、足早に店の外まで行って、見通しの良いモールの廊下を見渡した。 「……やられた」  我田さんがポツリとつぶやく。どうやら、いつの間にか僕らは置いて行かれてしまっていたらしい。  ここからが本当の試練のようだった。
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