序章

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 誰も知らない、月の民のお話をしよう。  昔、まだ妖怪が自由奔放に跋扈していた頃。人々は妖怪たちに対抗する力がなかった。  ある者は妖怪に捕食され、ある者は娯楽として妖怪に殺され……それは酷いものだった。  小さな人が妖怪にいたぶられる様を見た月は、人々を守る使者を送った。それは人間にしては珍しい色の髪と目をした四つの民だった。  月の化身のような琥珀の民……金色の髪に瞳を持つ者は長寿で知恵深く、人々に妖怪の対処法を教えた。  白銀の髪と瞳を持つ銀の民は術が使え、その不思議な力で人々を妖怪から救った。  清流のごとく美しい水色の髪と瞳を持つ水縹の民は、類稀なる力があり、武術で鬼たちから人々を守った。  そして、燃え上がる炎のような緋色の髪と瞳を持つ緋色の民は、一つだけ月から与えられる異能が使えた。それらを駆使し、人々を安泰へ導いた。  月の民は、なんの力も持たない人々を守るために自分たちの能力を使った。たとえそれが自らの命を削るものだと知っていても。  ……やがて、妖怪は人間の世界から消えていった。みんなは喜んだ。  しかし、人々は妖怪の恐怖から解き放たれると、今度は月の民を恐れた。自分たちにはない能力を使い、いつか襲ってくるのでは、と。  月の民は愛する人々から忌み嫌われ、生きる場所を追われた。 『どうして、こんなことに』  そうやって嘆いた者は一人や二人ではない。  いつの間にか、月の民は無力な人々の前から姿を消していた。誰も知らない、辿り着けない秘境へと身を隠した。  人間の世界から消えた妖怪は異界からその様子を見ていた。 『これでニンゲンに復讐が出来る』  また、妖怪が現れ始めた。昔、月の民が追い払ってくれたおかげで、数は少なかったけれど。人々はまた喰われ、弄ばれた。  ……そして、人々は知る。月の民がいなければ、妖怪に太刀打ち出来ないことを。  月の民は人々を助けることはなくなり、人々はまた妖怪に襲われるようになってしまった。  ……これが、いつの間にか消えてしまった昔話。  現在は月の民の存在すら知らない者も多い。  だが、前述にあげた四つの民の一つは、異界で妖怪に育てられて今も生きている。
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