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「帰って、来て、くれる……?」
いつこの場所から、緋月と一緒に逃げることが出来るかは分からない。
待たなければいけない少女は、不安だった。
――行かないで。『外』に行けなくてもいいから。きみがいてくれるなら――――。
そう言いたかったのに、彼女の言葉は遮られてしまった。
「帰ってくる。だから、きっと会える。また、会えるから……」
そっと離れようとした緋月を、緋那は絶対に離さないとばかりに強く抱きしめた。さっきは言えなかった言葉と共に。
「いやだ。緋月、行かないで……行かないでよ…………!」
「緋那……」
「だって、『外』の世界に行って、緋月が帰って、来なかったら……わた、私…………! ひとりぼっちは、いやだよ……」
嗚咽をもらしながら、緋那は思いを告白した。
「……俺も、帰ってきたときに緋那がいなかったら嫌だよ。でもこの場所にいたって、俺たちはあいつらの良いように使われてしまうんだ。そんな自由がないなんて、俺は耐えられないし、耐えたくない」
だから、と呟いて背中を優しく叩いてあげる。涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃになりながらも、少女は諦めて手を離した。
「心配してくれてありがとう。俺は平気だよ。危なくなったら未来を視て避けるから」
緋月は生まれた時に、月から未来を視る力をもらった。『先見の力』と呼ばれるそれは歴代の緋色の民でも数える程しかいなかった、珍しく強大な異能。
緋月の異能を知っている緋那はしゃくりあげながら頷いた。緋月の『先見の力』の正確さは折り紙付きだ。絶対に外れない。
「ほら、涙を拭いて。俺がいなくなっても、みんなの前で泣いては駄目だよ? 俺は強いから、一人でも絶対に泣かない」
「……わかったよ。緋月も、夜にだけは気を付けてね」
「ああ。『外』では特に、夜にアレが活発に活動するらしいからね。気をつけるよ」
「――ヒチョウは、あまり使わないでね? きっと、すぐに見つかっちゃうから」
ヒチョウ、とは彼らが使える式神のようなものだ。緋月は鳥、緋那は蝶を使うことができる。
それは彼らの一部のようなものであるため、気配に敏感な者なら、すぐに彼らの居場所に感づいてしまう。だから逃げる際には気を付けなくてはいけなかった。
「心配してくれて、ありがとう。……もう行くけど、いい?」
小さく頷いた緋那の姿に、緋月は優しく微笑む。そして二人は同時に背を向けた。
「私、待っているよ。春になったら、『外』の世界で桜を見せてね?」
「約束するよ」
一度、大きな風が二人の髪を、ススキを、雲を攫うように揺らしていく。
二人は、最後の会話を交わした。
「またね、緋那――」
「またね、緋月――」
子供たちは互いに背を向けて駆け出した。
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