序章

4/5
前へ
/100ページ
次へ
「帰って、来て、くれる……?」  いつこの場所から、緋月と一緒に逃げることが出来るかは分からない。  待たなければいけない少女は、不安だった。  ――行かないで。『外』に行けなくてもいいから。きみがいてくれるなら――――。  そう言いたかったのに、彼女の言葉は遮られてしまった。 「帰ってくる。だから、きっと会える。また、会えるから……」  そっと離れようとした緋月を、緋那は絶対に離さないとばかりに強く抱きしめた。さっきは言えなかった言葉と共に。 「いやだ。緋月、行かないで……行かないでよ…………!」 「緋那……」 「だって、『外』の世界に行って、緋月が帰って、来なかったら……わた、私…………! ひとりぼっちは、いやだよ……」  嗚咽をもらしながら、緋那は思いを告白した。 「……俺も、帰ってきたときに緋那がいなかったら嫌だよ。でもこの場所にいたって、俺たちはあいつらの良いように使われてしまうんだ。そんな自由がないなんて、俺は耐えられないし、耐えたくない」  だから、と呟いて背中を優しく叩いてあげる。涙と鼻水で、ぐしゃぐしゃになりながらも、少女は諦めて手を離した。 「心配してくれてありがとう。俺は平気だよ。危なくなったら未来を視て避けるから」  緋月は生まれた時に、月から未来を視る力をもらった。『先見の力』と呼ばれるそれは歴代の緋色の民でも数える程しかいなかった、珍しく強大な異能。  緋月の異能を知っている緋那はしゃくりあげながら頷いた。緋月の『先見の力』の正確さは折り紙付きだ。絶対に外れない。 「ほら、涙を拭いて。俺がいなくなっても、みんなの前で泣いては駄目だよ? 俺は強いから、一人でも絶対に泣かない」 「……わかったよ。緋月も、夜にだけは気を付けてね」 「ああ。『外』では特に、夜にアレが活発に活動するらしいからね。気をつけるよ」 「――ヒチョウは、あまり使わないでね? きっと、すぐに見つかっちゃうから」  ヒチョウ、とは彼らが使える式神のようなものだ。緋月は鳥、緋那は蝶を使うことができる。  それは彼らの一部のようなものであるため、気配に敏感な者なら、すぐに彼らの居場所に感づいてしまう。だから逃げる際には気を付けなくてはいけなかった。 「心配してくれて、ありがとう。……もう行くけど、いい?」  小さく頷いた緋那の姿に、緋月は優しく微笑む。そして二人は同時に背を向けた。 「私、待っているよ。春になったら、『外』の世界で桜を見せてね?」 「約束するよ」  一度、大きな風が二人の髪を、ススキを、雲を攫うように揺らしていく。  二人は、最後の会話を交わした。 「またね、緋那――」 「またね、緋月――」  子供たちは互いに背を向けて駆け出した。
/100ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加