序章

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※  緋那はススキの中を駆けて、駆けて、今暮らしている屋敷が見えたところで足を止めた。 (緋月……)  息が切れる中、リンリンと鈴虫の声がうるさく聞こえる。 「……私には、これしか出来ないけれど」  赤い空を見上げ、彼女は口を開く。  ――高い子供の声が、まだ闇に染まりきらない空に響く。 「緋色の月の名を持つ者に、あらん限りの加護を。我と力つながる者に、闇が近づけぬ光を。我らが対峙するその時まで、彼の者に闇のモノが触れること無きことを。我が言霊使い、緋那の名の下に命ずる」  ──ドクン。心臓が大きく脈打つ。鈴虫たちの声がぴたりと止んだ。 「か、は…………っ」  緋那は膝を付く。息ができない。……久しぶりに異能を使った。枷があるときは異能を使った分だけ命を削られるから、ずっと使っていなかったけれど──緋月を守れるのなら、命くらい安いものだ。  心臓が小刻みに鐘を打ち、汗が止まらない。あまりの苦しさに緋那は胸を押さえた。  ざわざわと空気が震えるのを、肌で感じる。  それと同時に、冷たい風が少女の前から後ろへと流れるように吹きすさび、夕日が一層赤みを増した。 (ああ、緋月が異界から抜け出せたのね……)  これでやっと、緋月が解放された。  痛みから、願わぬ運命から――全てから。  緋那は空に向かって微笑んだ。 「ごめんね、緋月。我が儘なんて言って。どうか、私の分も幸せになって……」  涙が止まらない。もう、言葉は緋月に届かない。  緋那は、ぱたりと倒れた。妖怪たちが「緋那様!」と叫ぶ声が聞こえる。  緋那は意識を失った。  緋色の月の名を持つ者に、あらん限りの加護を。  我と力つながる者に、闇が近づけぬ光を。  我らが対峙するその時まで、彼の者に闇のモノが触れること無きことを。  我が言霊使い、緋那の名の下に命ずる――。
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