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花びらのように軽い雪が降る中だった。空気は肌を刺すような冷たさで、とても痛かった。
(あれから、ひと月と六日か)
緋月は薄く雪が積もっていた岩の上に座り、ぼんやりと空を見つめていた。空から降ってくる雪が頭や体に落ちて、儚く消えていく。
そういえば、と思い出す。
緋月が緋那と別れて『外』の世界に来たとき、初雪が降っていた。初めて見る白い綿のようなものに、緋月は驚かされた。それが雪だと思い出したのは、書物で読んだ知識からだった。
緋月は山の中をたくさん歩いた。道に迷って、人里には辿り着けなかった。
今まで歩いてきた場所でも、緋那と二人で暮らすには十分だった。だが、今まで閉じ込められて暮らしてきた二人にとって、急な自立は厳しいものもあった。家を確保し、生活に必要なものを集めて、野性動物から身を守る……すぐには出来ない。
(やっぱり、生活の基礎を学ぶには人から聞くのが一番かな)
空を見る。相変わらずどこを見ても、灰色の空と白い大粒の雪しかない。少し前まで鳥が飛んでいたが、今はそれもない。
静寂、というのが一番似合う景色だ。
しかしそれは緋月にとって珍しいものであると同時に、美しく感じる風景だった。
「『外』の世界って、灰色の空もあるんだ……」
十年以上過ごしてきた異界には、灰色の空なんてなかった。妖怪たちの力で、いつも晴れていたから。
きれいだな、と呟く少年の後ろから、雪を踏みしめる音がした。
緋月は目を閉じて、耳に神経を集中させる。足が雪に沈む音は大きい。狐のように軽い生き物ではない。おそらく人間だ。
数はひとつ。旅人か近隣に住む住人だろう。
野生動物の足音ではないと気づき、緋月は身構えなかった。目を開け、空を興味深く見つめていた。
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