第二章 朝霧淑乃と言う少女

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 2 「ホレ、朝飯を用立てて来てやったであるぞ……って、お主ら互いに背を向けて座って何かあったのであるか?」  ビニールの袋を持ったサクラが部屋へ戻ってきて早々、僕らの様子を見て驚いたような声を出した。 「あー……いや……」 「何でも……ないです」 「……?」  何だか二人とも変に意識してしまって何を話したらいいのかわからなくなっていた所でサクラが戻ってきてくれて、内心胸を撫で下ろした。 「そ、それより朝飯って、それどう見てもコンビニの弁当だけど……サクラ、ひょっとして働いてるのか?」  僕らの時代のサクラは少なくとも、普段は働いたりしているわけではない。  猫缶欲しさにアイレンを時々手伝っていたりもするけれど、それは親交のあるレイカさんが居るからでもある。  ましてやこの時代のサクラはあまり人間全般に対して心を開いていないように思えるからそう言ったツテがあるようには思えないし、身分証一つ持っていない者がそうそう働ける場所が鵜野森町にあるとも思えない。  つまりは収入があるようには思えないのである。 「なに、廃棄された弁当を『野良猫が拾って行った』のであれば、とやかく言う者もあるまい」 「解釈がグレーゾーン過ぎる」 「要らぬと言うなら無理強いはせぬが……。今日明日で収拾のつく話かどうかもわからん以上、食わずに通せると考えるのは些か楽観が過ぎるのではないかと思うのであるがな」 「う…」  遺憾ながらサクラの言う事は尤もだ。  今日一日くらいなら我慢で何とかなっても、その先はそうはいかない。 「て……手持ちのお金は少ないけど、数日なら……」 「朝霧君……、私達のお金、多分殆ど使えない」 「え」  日野さんが自分の財布を取り出して、お札と硬貨をテーブルに広げた。 「二十年以上前でも通用するのは……硬貨が何枚かだけみたい」 「あれ? 千円札はわかるけど、一万円て福沢諭吉のままじゃなかったっけ?」 「九十年代だと、裏面が今と違うの」  言われて僕も自分の財布を開けてみる。  まあもとより一万円札とは縁遠い日々を送っているので、哀しいかなその心配は僕には適用されなかったのだけれど、やはり使用できそうなのは硬貨が何枚か、と言った所である。 「……このへんの融通が利いてくれればよかったのに」 「世の中そんなに都合よくできてないのよ」  いつの間にか戻って来たらしいウスツキが、向かいの椅子へ座る。 「まあ、どうしても現金が必要とあれば、工面してやれんでもないであるが」 「……良からぬ事は駄目だからな」  僕らの知っているサクラとは厳密には違うし人間とは違うとは言え、盗みや何かはしてほしくはないと言う思いから注意が口をついて出る。 「そんなワケなかろうに。お主、私をなんだと思っておるのであるか」  不安視する僕の疑問をサクラはジト目で睨みつつ否定した。 「私がここを好きに使っておるのに家賃を払っておらぬのは違いないであるが、それはバレておらぬからではないのである」 「……?」 「黙認して貰っておるのであるよ。下の不動産屋にな」 「……は?」  黙認。  知っていて敢えて何も言わないと言う事である。 「それはつまり、一階に入ってる不動産屋さんと面識があるって事?」 「然り」 「……どういう繋がりなんだ?」 「鉄道向こうの新市街……鵜原と言ったか……あの比較的新しい町は本来、人が住むには不向きな霊気の流れを持っておってな。出来始めた当初から色々と普通の人間には解決不可能な問題が起きておるようである。以前偶々私が一件解決してやって以降、時折『そういう仕事』を二束三文で頼まれるようになったのであるよ。加えて問題のあった物件の話を公言しない代わりに、不景気で借り手のおらぬここを使っておっても良い事になっておる。その証拠に水も止められておらぬぞ」  言われて僕が流しの蛇口を捻ってみると、確かに水が出たし、特段濁ったりもしていない。  少なくとも長い事使っていない状態とは思えなかった。  しかし……そんな用心棒みたいな事してたのか、この時代のサクラは。 「私の家のあたり、そんなふうだったんだ」 「お主らの時代でどうなっておるかまでは知らぬが、偶に出る低級の魑魅魍魎を祓うだけで、そこらの軒先で雨露を凌ぐ暮らしをせんでおられるのはありがたい話であるな」 「……何て言うか」 「こっちのサクラは生活力あるね……」  僕らが感心した様子でを見せると、 「そっちの私は一体どれだけ堕落しておるのであるか……」  サクラはまだ見ぬ未来の自分像に対して、怪訝そうに眉をひそめた。
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