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「……くそう、アイツめ」
サクラが立ち去った方を睨んで溜息をついた僕がしばらくそちらを眺めていると、入れ替わりで社殿の方から小さな人影が大荷物を抱えてヨタヨタと歩いて来るのが見えた。
子供サイズの神職の装いに身を包んでいるのは我が家に住むサクラとは別の妖・ウスツキである。
「ウスツキ、どうしたの、それ」
「え? ……ああ、夢路。あなたこそ、そんな所で何を……っとと」
「ちょ、危ないから少しそこで待ってて!」
慌てて一階へ駆け下りた僕は玄関を出て、ウスツキの所へ駆け寄る。
抱えた箱には、正月の祈祷の後に参拝客に渡す木札がぎっしり入っていた。
僕がその箱を受け取ると、ウスツキはふぅ、と息をつく。
「流石にこれだけあると結構重さ出るのね」
「一個一個は軽くても、一応木製だから」
箱いっぱいに詰まった木札となれば、流石にそれなりの重量感はある。
「昔だったらこのくらいなんて事なかったのだけれど。でも怪力やなんかの権能はあの子の方が持って行っちゃったから、今私の方は殆ど見た目通りの腕力なのよね」
ウスツキは元々、ウスツキドウジと言う座敷童の変種の様な存在である。
色々あってその霊気は現在二つに分かれ、過去の記憶を継承しているこのウスツキと、この時代に新生した鈴音と言う、謂わば姉妹の様な関係性を構築しながら我が家の住人となった――と言うか、ぶっちゃけてしまえば鵜野森神社で元々婆ちゃんとともに近隣一帯の霊脈の調律をしていた狛犬の霊獣と一緒に現在御神体の代行の様な役割をしているのが彼女達である。
元々一つだった妖としての能力は彼女達が我が家に住むようになった一件の中で別々に継承したのだそうで、詳細な内訳までは聞かされていないが座敷童の権能の一つである怪力は妹の鈴音の方が継いでいるため、今回の様な力仕事はウスツキは得意ではない様だ。
「それでこれだけのものを持てるなら充分凄いよ。でも言ってくれれば僕がやるから」
僕は抱えた箱を持って家へ入り、ウスツキの後について客間へ運び込む。
客間では婆ちゃんが既に大量の木札に、祈祷の予約を入れてきている地元の会社や個人の依頼主の名入れ作業をしていた。
「婆ちゃん。木札、ここでいい?」
「あら、ありがとうね。でも今年は無理に手伝わなくてもいいのよ?」
「ああいや、丁度少し息抜きしたかったし。少ししたら部屋に戻るよ」
三が日の鵜野森神社は普段の静かな住宅街の奥にあるとは思えないほど多くの参拝客でごった返す。
僕も毎年ずっと手伝いをしてきたのだけれど、町会から借りてくる人手やら、サクラやウスツキ、鈴音も含めてこの一年ちょっとで増えた我が家の人(?)員が手を貸してくれると言う事で今年に関しては僕は基本的に参加しなくても良いと言われているのである。
とは言え、延々机に齧り付いているのも集中力がもたない性分なので、何かにつけてはちょっとした雑用を請け負ったりしていた。
「いいって言っても手伝いたがるのは、二人とも一緒なのね」
婆ちゃんがそう言ってクスりと笑う。
……ん?
「婆ちゃん、二人って……?」
僕が首を捻りつつ聞き返した時、玄関の呼び鈴が鳴るのが聞こえた。
「噂をすれば、ね」
意味ありげな笑みを浮かべる婆ちゃんの言葉に首を傾げつつ玄関へ向かうと――
「寒かった」
……ダッフルコートを着込んでモコモコになった日野さんが立っていた。
「……どうしたの今日は」
「鵜野森神社のお手伝い」
「い、いや……今年は大丈夫だって婆ちゃんも言ってたじゃない」
「私から洋子さんと宗一郎さんにお願いしたの」
「……え、でも今って日野さんち、お父さん帰ってきてるんじゃないの?」
「何だかんだ連日会社の忘年会とか昔の同窓生との飲み会とか入ってるみたいだし、ここに来ることは話してあるから」
「……」
他所のご家庭のことながら、月に数日帰宅するのが精一杯の日野さんのお父さんとしては非常に侘しい思いをしていそうな気もしなくもないのだけれど。
「いいのかな……」
「ふぅん……朝霧君は、私が来ない方がいいですか、そうですか」
「いえいえ全然まったくそんな事はないと申しますか何といいますか……!」
玄関先でくるりと踵を返した日野さんの腕を慌てて掴んで呼び止めると、日野さんはクスっと笑って、
「冗談」
そのまま玄関を上がって客間の方へ歩いて行った。
「……えっと」
呆気に取られて佇む僕に、
「……私の時代には聞かない言葉だったけれど、尻に敷かれてるってこういうことを言うのね」
「……」
廊下の影で事の成り行きを覗き見していたウスツキに、呆れ顔でツッコまれたのであった。
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