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「そう……だ、僕はあの後急に眠くなって……気付いたらこのビルに……」
「……小童。今は独り言の時間ではないのであるぞ。私は何故見ず知らずのお主等がその名前を知っておるのかと問うておるのである」
サクラは僕を壁に押し付けたまま、日野さんとウスツキの方へ、ゆっくりと視線を動かす。
その表情には僕らが見慣れた彼女には似つかわしくない、警戒と疑念の色が見て取れた。
「どちらでも良い。私の名を知っておる理由を話すのである」
「……」
いつもと違う雰囲気のサクラに気圧されたのだろうか。
状況に対する混乱も相まって日野さんも上手く言葉が出てこない様子だった。
「なるほどね」
唯一ウスツキだけはやはり冷静なようで、サクラの顔を値踏みするように見つめている。
「あなたも二十年ちょっと遡れば、人間に対してここまで警戒感を剥き出しにしていたのね。それほどまでに、ここから二十年あまりの時間は大事な経験があった……と言う事なのかしら」
「座敷童……私は戯言は好かぬであるぞ」
僕を押し付けるサクラの腕に力がこもる。
「ちょ……ちょっとウスツキ! 状況! 状況考えて! 変な挑発しないの!」
サクラに絞め殺されるなんてなったら笑えなさすぎる。
「はいはい、わかったわよ。……これでも御神体やってる神社の跡取りだもの。ホイホイ死なれちゃ困るのよね」
「……神社の跡取り……?」
ウスツキの言葉にサクラの眉根が僅かに動く。
「その子の名前は朝霧夢路。この近くの神社の跡取り息子よ」
「な――」
サクラは視線をこちらへ戻し、まじまじと僕の目を見た。
そして、まだ疑念と警戒の色は晴れないまま、サクラはその名を口にした。
「お主……朝霧淑乃の家族であるか?」
その名前を聞いた途端、サクラの腕の力が幾分抜けていくのがわかった。
「……しかし、あやつは確か一人娘であったはず。親戚……? いやしかし……よくよく視ればこの霊気の感じは遠縁のものではない……もっと直接的な……?」
考えを巡らせながら、サクラは何やらブツブツと呟いている。
「私が聞いている淑乃って人と夢路じゃあ、その強弱は全然違うのでしょうけれど、霊気の色形が酷似しているのは当然よね」
「……どういう事であるか?」
「だってその子、あなたの言う淑乃って人の子供だもの」
「……は?」
サクラの目が丸くなる。
「息・子」
しばしの沈黙。
そして――
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ⁉」
サクラの声が、その場に響き渡った。
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