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ウスツキが言ったように、ここが二十数年前の鵜野森町なのだとすれば。
そこにサクラが居たとするならば。
古くからの友人であったと言う母さんの事をこの時点で知っていても不思議ではない。
そしてそれは、概ね間違いではなかったようである。
但し。
「あやつ、子供がおったのか⁉ いやいやいやいや、それにしても年恰好からして話が合わぬであろう⁉」
それは僕が生まれるより以前の……年代的に逆算すれば学生時代の母さんを……と言う事である。
それゆえに、サクラのこの反応は当然と言えば当然なのだけれど。
問題はここから先、どうやって信じてもらうかと言う話だ。
ここがサトリの権能で再現された心象世界と似たようなものなのか、本当に過去の鵜野森町なのかはわからないけれど、若い頃の母さんに会った所で証明してもらえるわけでもなし。
それはこの時代の爺ちゃんや婆ちゃんでも大差ないだろう。
僕や日野さんにはそれらに対して有効な情報は持っていないわけで……。
僕は頼みの綱のウスツキに視線を向ける。
「……ま、これで信じるか信じないかは任せるわ」
全然アテにならなかった。
「さっき死なれちゃ困るって言ったばかりじゃないか!」
「死なれちゃ困るけど、今伝えた情報の真偽がわからない状態でそんな事はできないわよ。それに性質的に神霊側の霊獣である以上、悪人でもない命を奪う事は、自身が反転する遠因になるもの。そういう意味で大丈夫だって言ってるの。せいぜいしばかれて痛い目見るくらいで済むわよ」
「……それもできれば御免被りたいんだけど」
頬を引き攣らせつつサクラを見ると、今のサクラにとって最大の疑問である僕の素性に関して判断しかねているようで、その表情はまだ険しいと言っていいものだった。
「……あの」
この状況でどうやって説得したものか必死に考えを巡らせていると、それまで黙っていた日野さんがおずおずと前に出た。
「……小娘、何か?」
……やっぱりこっちのサクラにはどうしても違和感があるなあ。
「サクラ。あなたに、見せたいものがあるの」
「……?」
訝しがるサクラ。
厳密にはサクラだけではなく、僕も日野さんの意図を図りかねている。
その日野さんは僕とウスツキの方をチラリと見て、
「朝霧君とウスツキはここに居て」
「え?」
「サクラ。ちょっとこっちへ」
そう言うと、日野さんはサクラの手を引いて雑居ビルの階段を上がっていこいうとする。
「む。お、おい小娘。何をするつもりであるか」
「ちょっと、日野さん⁉」
「朝霧君。多分大丈夫だから。だからここで待っていて」
そのまま有無を言わさぬ様子で階段を上階へ行ってしまった。
「……追いかけなきゃ」
「だーめーよ。待っててって言われたでしょう」
「でもこっちのサクラはいつもと勝手が違うんだぞ」
「だから、別に取って食いやしないわよ。……それにしても、咲って案外行動力あるわよね」
「行動するまでが慎重なだけで、決めたら割とガンガン行く性格ではあるけれど……いやいや、今はそんな話をしてる場合じゃあ――」
「その咲が決めたんだから、上手くいく算段がそれなりにあるのでしょう?」
「……まあ、確かにそうとも考えられるけど。けど、こっちのサクラに見せたいものって何なんだろう」
僕が日野さんの発言を思い返して首を捻っていると、
「……ああ。なるほど」
ウスツキはそれで何か合点がいく部分があったらしい。
「何がなるほどなんだ?」
「確かに咲なら、サクラの説得に使えそうなものを見せられるかもしれないなと思って、ね」
「それって……何?」
「わからないなら、今はまだ知らなくて良いって事じゃないかしら」
「……ウスツキ。婆ちゃんやサクラが前々から僕に話していないことが色々あるのはわかってるけど、君まで僕に何か隠してるのか?」
「私は正確な情報を聞いているわけではないから、無責任なことは言わないの。それに私よりもアナタと長い時間一緒に居る人達が何も話していないのでしょう? あの二人は理由も無くそんな真似しないわよ。その洋子やサクラが話していない事を、新参者が憶測交じりで話すわけにはいかないわ」
「……むぅ」
「ま、この一件に関わってるウチに何かわかるかもしれないし、せいぜいしっかり目の前の事象に目を凝らしなさいな」
「……わかったよ」
見た目は十歳前後でも、伊達に長生きしていない。
すっかりお説教をされる形になってしまった。
日野さんとサクラが戻って来たのは、それから五分ほどしてからの事だった。
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