第一章 迷いと、不安と

7/7
553人が本棚に入れています
本棚に追加
/43ページ
 7  日野さんと一緒に戻って来たサクラの表情からは、敵意の様なものは無くなっているように見えた。  それでも僕らが良く知るサクラのような、お気楽で奔放で隙あらば台所の戸棚から猫缶を失敬している姿が結びつく感じではない。  これが、この時代のサクラの素なのかもしれない。 「ここで見聞きした話だけで、お主らの言う事の全てを真に受けるわけにはいかぬであるが……無下に扱うわけにもいかなくなった故、元居た場所へ戻る算段がつくまでは面倒を見てやるのである」  サクラは溜息を一つつくと、僕の前に来てまじまじと顔を覗き込んで来る。 「……これが、な。いやはや全く。未だに信じ難い話であるが」 「な……何だよ」  反応に困っていると、デコピンで額を弾かれた。 「いってぇ!」 「言われてみればまあ、目鼻立ちは似ていなくもない……が、あれが母親と言う割に霊力の素養は大して受け継いでおらぬのであるか?」 「知らないよそんなの。だいたい、ああいうのって遺伝みたいなものなのか?」 「……ふむ。全く無いとは言わぬが、神霊寄りの座敷童を手懐けられるほどとは到底思えぬのであるが」 「失礼ね。別に私は夢路に手懐けられてるわけじゃないわよ」  ウスツキは不満気に口を挟む。  実際ウスツキは鵜野森神社の御神体代行なわけで、誰に仕えているわけでもない。  むしろ、無理矢理その階層構造に当てはめるならば、僕ら人間の方が仕えているような形になるような気もする。  まあ、ウスツキもそういう接し方を僕らに強いるつもりは毛頭ないようだし、現状が僕らにとっての最も好ましい距離感なのかもしれない。 「なあ、サクラ。お前が知ってる母さんて……その、やっぱりそっち方面の才能が高いのか?」  僕はサクラに、思い切って母さんの事を聞いてみる事にした。  僕が子供の頃は、そんな世界に足を踏み入れていた人だなんて全く知りもしなかったし、終ぞそんな話を聞く前に死別してしまった人なのだ。  どういう人だったのかを知りたくなるのは当然の心理だし、元の世界のサクラや婆ちゃんには毎回はぐらかされてしまっていたので、ある意味千載一遇のチャンスだと思ったのだけれど。  サクラは腕組みをしてしばらくウンウンと唸ったあと、 「あれは何と言うか……無茶苦茶であるな」  期待に反して具体性のない答えが返ってきてしまった。 「……は?」 「あれの退魔の技が優れているかと問われれば答えは否、である。……しかしながら、あやつのそれはそう言う括りで見てよいモノではない」 「全然説明になってないぞ」 「まあ、お主等が帰還するための算段がいつ見つかるかわからぬ以上、そのうち本人に会う事もあろう。何だかんだでこの手の怪異現象に対して私とは違った視点から捉える事もできる故な。あやつの評価に関して私はそれ以上にあやつを評する適切な言葉を持たぬ故、それ以上の事は自分で確かめてみるが良かろうなのである」 「そ……そう考えると緊張するな……何話したらいいかもわからないし」 「たわけ」  言った傍からまたデコピンを喰らわしてくる。 「ぐぉぉ……」 「こちらの淑乃はまだお主らと変わらぬ女学生であるぞ。お主の事なぞこれっぽっちも知らぬのである。『息子です』などと出ていくわけにも行かぬであろうに。ややこしくなる故、仮に会っても血縁である事なぞ話すでないぞ」 「わ、わかったよ……。ところで日野さん」 「なに?」 「いや……結局サクラには一体何を見せたの?」  日野さんはしばらく考えたあと、白々しく明後日の方向に視線を逸らし、 「……ひみつ」 「むぅ……」  何だか日野さんもどんどん謎が増えてきたな……。 「ところでお主ら、塒はどうするつもりであるか?」 「ねぐら……? ああ、寝泊まりなら家……に……あれ?」 「見ず知らずの学生二人とそこらの子供にしか見えない座敷童が『ただいま』と言って寝泊まりするわけにもいかぬであろう」 「た……確かに」  どう転んでも補導案件である。 「とりあえず私が今塒にしている部屋が上にある故、しばらくは使うが良かろう。不景気で家主が夜逃げしてから誰も使っておらぬ様子である故な」 「不法占拠じゃないか、それ」 「この寒空の下で公園に寝泊まりしたいと言うのなら止めはせぬが」 「ぐぬ……」  背に腹は替えられない。  正確な日付はわからないけれど、体感温度的には冬である。  元の時代に戻れないまま凍死するのは遠慮したい。  しかしそうか。  この時代のサクラは別段鵜野森神社に滞在しているわけじゃなかったんだよな。  母さんとサクラの関係性と言うのも、それなりに面識はあるけど大親友と言う感じではなさそうな感じでするし、まだまだわからない事だらけだ。  とにかくまずは、帰る方法を探さなきゃ。  そのための拠点として、僕らはサクラが寝泊まりしていると言う空きテナントに宿をとることにした。  ……不可抗力、不可抗力。  僕は自分にそう言い聞かせながら、サクラに続いて階段を上って行った。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!