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第二章 朝霧淑乃と言う少女
1
目を覚ますと、見慣れないどこかの事務所だった。
……って、ああそうだ。
こっちのサクラが無断で借用してる夜逃げテナントだっけ。
頭がしばらくまともに起きてくれそうにないなあ。
ソファで寝るなんてそうそう無いのでどうにも寝起きが悪い。
「……起きたら元の時代に戻ってた……なんて事はなかったか」
帰る方法の手掛かり探しから始めなきゃならないと考えると気が重い。
そのせいか気分に引っ張られて左肩まで何だか重い気が――
「……っ⁉」
重さを感じた方へ顔を向けた所で、思わず息をのむ。
「…………すぅ」
そこには、静かな寝息を立てる日野さんの寝顔があった。
「……えっ……と」
……ああ、そうか。
二人並んでソファに座って、そのまま寝落ちしたからこうなってるのか。
「ひ――」
声をかけて起こそうとして、思い留まる。
日野さん、僕なんかと違って自分の家の家事だってある中でわざわざ時間を作ってまでウチの方へ気を回してくれて、ここの所ちゃんと睡眠取れているのだろうか。
まだ外は薄暗いし、もう少しこのまま寝かせておいてあげた方がいいんじゃないかとも思う。
あちらとこちらの時間経過の流れがどうなってるかはわからないけれど、闇雲に動いて解決する話でもないのだし。
大丈夫。
大丈夫大丈夫。
顔が真っ赤になってるのも誰にも知られてないし、落ち着け、落ち着くんだ。
僕が変に意識しないで顔を左に向けないようにして心臓バクバク言ってるのを何とか鎮まるように深呼吸すればでもなるべく静かにしないといけなくてとりあえず上向いて息吸って吐いて吸っ――
「何だか寝起きから大変そうね」
「ふおおおおおおおおお⁉」
天井を向いた僕の視界の上側からジト目のウスツキが割り込んできて、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「朝っぱらから間抜けな声出さないの」
「だ……だったら驚かさないでよ」
思わず脱力する僕に、ウスツキはやれやれといった様子で溜息一つ。
「別に驚かすつもりは無かったのだけれど。何だか呼吸が乱れている様だったから体調おかしくなったのかしらと思って様子を見ようとしただけよ。まあ、心配するだけ無駄だったみたいね」
「うぐ……」
「でも、まあいいわ。とりあえずアナタに伝える事が一つ」
ウスツキは僕らが座っているソファの反対側の椅子へ腰を下ろし、
「私達がこの時代に来た事はね、おそらく全くの偶然ではないの」
「それは……どういう……?」
訝しがる僕の目を、ウスツキは静かに見据えた。
「今回の時間移動には、私の権能も作用していると言うのは、昨日少し話したと思うけれど」
「……うん」
確かに、そんな事をチラッと言っていたのを憶えている。
「今アナタや咲が抱えている何某かの不安や迷いと繋がっている因子があるからこそ、私達はここへ来た。元の時代へ戻るための鍵は、多分それらと連動してる。……それがこの時代の何なのかまでは私にもわからないけれど」
「それをどうにかして探せ……って事?」
「そういうこと」
「……って言われてもなあ。自分の将来の事だとか、日野さんとの事だとかと繋がるようなものが、この時代にあるのかな」
現在の僕が抱えているものに対する回答をくれるようなものが、僕らが生まれるよりも前の時代の鵜野森町にあるのだろうか。
「でも、あんまり悠長にしてるわけにもいかないよな。元の時代の方がどうなってるのかわからないし……」
「ああ、そっちの心配はしなくていいわ。権能が解除されれば、あちらで眠りについた時間へ戻るだけよ。……多分だけど」
「そこは断言して欲しかった」
「うるさいわね。焦ったって仕方ないって事よ。……じゃあ私は少し周辺の様子を見てくるわね。時代が変われば、同じ町でも微妙に龍脈の状態は変わるから、把握しておいたほうが何かあった時に力を使いやすいのよ」
そう言ってウスツキは椅子から立ち上がり、部屋から出て行こうとする。
そしてドアの手前で一度立ち止まると、少し意地の悪い笑みで振り返って言った。
「それから夢路。隣の人間が寝てるか起きてるかくらいは考えて話をした方がいいんじゃないかしらね」
「――え」
ウスツキが出て行った後、部屋に再び静寂が戻る。
「……えー……っと」
僕がおそるおそる顔を左に向けると、真顔のまま赤熱してショート寸前みたいな状態の日野さんと目が合ったのだった。
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