第一章 間違い電話

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 手元を見つめたままオレに関わるなオーラを出して拒否している。灰色のブレザーとパンツに紺色のネクタイ。みんなと同じ恰好なのに、ハッと目を瞠るほどカッコいい。ほんと、すごいよね。  大きくて切れ長の目は印象的で目力があるのよ。少し茶色っぽい髪はサラサラと絹糸のよう。透き通るような肌は女性のようにツヤツヤ。シミもニキビも見当たらない。  鼻筋が高くて彫りは深いけれど、濃い感じの顔ではない。透明感がある。そんな樋口君がダラリと眠そうな顔つきでボソッと呟いた。 「クソっ、姉ちゃん、まだ帰国してねぇのかよぉ」  その声にドキッとなった。だって、先刻の謎の留守電の男の声に似ているんだもの。胸にドキドキが走る。  いやいや、まさか。そう思いながらも試しにかけてみると樋口君の手元から着信音が鳴り始めた。 「姉ちゃん! 聞いてくれよ。マリコが行方不明なんだよ!」  樋口君の声と携帯越しの音声と同じだった。これは間違いない。謎のメッセージを吹き込んだのは樋口君なんだな……。  怖くなってきたので反射的に通話を止めたけれども、どうなっているのだろう。  あたしは高校三年生で樋口君は二年生。こっちは一方的に名前を知っているけれども、向こうは、地味なあたしの事など知る訳がない。  なぜ、あたしの携帯にかけてきたのかと首をかしげながら観察していると、彼は、背後の通路を通り抜けながらポソリと独り言を漏らした。 「姉ちゃん、意味、わかんねぇわ……」  訳が分からないのはあたしの方だよ。仮に、留守電の声の主が樋口君だとしたら……。まだ高校生なのに妊娠させるなんてどうかしている  しかめっ面になっていると、リエが定食のお盆を持って戻ってきた。 「どうしたの? 万里子、おばぁちゃんに何かあったの?」  こちらを覗きこみ、心配そうな顔をしているものだから申し訳なくなって首を振る。 「ううん。おばぁちゃんは大丈夫だよ。間違い電話なんだ」  リエが、うちのおばあちゃんの事を気にするのには理由がある。あれは、ニ年前の夏の夕暮れの事だった。おばぁちゃんが近所のスーパーに出かけたきり帰り道が分からなくなってしまったのだ。  あの日の夕刻、不安な気持ちで歩き回っていて、おばーちゃんが 事故にあってたらどうしようかとハラハラしたけれど、リエも一緒に探してくれて心強かった。  結局、夜の公園でシクシクと泣いていたところを、おまわりさんに発見された。後日、軽度の認知症と分かったのだ。おばぁちゃんは進行しないように穏やかに暮らすしかない。そして、あたし達は見守るしかない。 「心配したよ。だって、すんごい深刻な顔で携帯を見つめていたんだもん」 「……あっ、ご、ごめんね」
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