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夕闇のポケット
教室の彼は暗い空と溶け込んでいた。毛玉だらけのカーディガンも、不格好な指先も、いつも縮ませている華奢な肩も、全て彼のものなのに、そこに存在しているだけで実際は彼のものではないようだった。誰もいない教室で、彼は息を潜めながら夕闇の迫る空を眺めていた。開け放たれた窓からは鋭い槍のような空気が入り込み、カーディガンで包まれた彼の体温を容赦なく奪っていく。それでも彼は身じろぎ一つせずに外を見ていた。切ない中の小さな幸福をじっと見つめるような表情だった。絵本の中の夜空は丁度、こんな空の色をしている。優しい夜の色だ。小さい子供でも、安心して夢の中に行くことができる、そんな淡い夜の色。
夕方は来たものを拒まない、唯一の時間だ。昼間は眩しすぎるが、夜は淋しすぎる、そんな居場所がないもののための時間だ。特に夕闇の時間には魔法がかかっている。夕闇は優しい闇の中にすっぽり潜れるようなポケットをたくさん持っているのだ。ポケットに入った人は空に辛い淋しさを吸い取られて、代わりに綺麗な淋しさをもらってポケットから出る。誰も傷つかない、切なさに似た淋しさを。
薄暗い空は別れを惜しむようにじりじりと夜に変わっていったが、変わりたての夜は夕闇の面影を残してやっぱりまだ優しかった。きっと彼も夕闇のポケットに潜り込みたかったのだ。誰でも受け入れてくれる、唯一の時間に抱かれたかったのだ。
ふと、彼は私に気付いてゆっくりと振り返った。毛玉だらけのカーディガンも、不格好な指先も、いつも縮ませている華奢な肩も、やはり全て彼のものだった。
どうしてこんなに懐かしいのか。どうしてこんなに美しいのか。
彼は濃紺の綺麗な淋しさを抱えて、瞬き始めた星と共に優しく笑っていた。
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