夕焼けカバレッタ

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 まあ、共犯とは言い過ぎかもしれないが…  と、バスに引き上げながら藤堂は胸の内で続ける。  先にホームに滑り込んだミズキは、すぐに立ち上がってホームを空けた。同点のランナーにしては冷静すぎた。あれは後ろからトオルが来るのが分かっていたのだろう。まったく油断ならない。  うちに来てくれたのは幸いだったな、と改めて思う。ミズキは四兄弟の末っ子で、正真正銘の野球エリートだ。長兄と次兄はこの野球部のOBだが、すぐ上の兄は兄弟と比較されるのを嫌がって、都内の別の強豪校に進学したという。  次のキャプテンは瀬戸で良いが、補佐にミズキを推すか、と藤堂がなんとなく考えていると、「おつかれ」と背中を叩かれた。振り返ると、本日のMVPの顔がある。 「しもの」 「勝ったね」 「だな」  褒めて! とは言わないが、ひどく満足そうな同期とハイタッチをかわす。もちろん目標は全国制覇だが、春季大会からこの日をターゲットに励んできた。ライバル校に勝ちきったのは大きい。藤堂は頷いた。 「お前にはフルーツ牛乳だな」 「はっ? え、ええっ? てか、なんでフルーツ牛乳?」 「なんとなく。とりあえず風呂だ、風呂」  自分はコーヒー牛乳にしよう、と藤堂は大きく伸びをし、バスに乗り込んだ。  開放感からか、バスの中は賑やかだった。  「明日もがんばろうねえ」 「あしたか… 雨降んねえかな」  梅雨明け直後、真夏の連戦は過酷だ。うっかりこぼした藤堂に、ちょいちょいとスマフォをいじりながら下野は応える。 「無理じゃない? 降水確率0%だって」  夢のない相棒の突っ込みに溜息を吐きつつ、藤堂は後ろを振り返ってメンバーを確認した。「居ない奴は返事しろー」と訊けば、「できるか!」とエース白石の笑い声が返ってきた。  今日は柳澤が先発、リリーフは白石だったので、明日はおそらく二年生右腕の小林が先発だろう。見れば、今は小林がミズキと何やら話し込み、柳澤が瀬戸とトオルの間でゆらゆら揺れている。 「明日はもうちっと楽だといいがな」  という藤堂の本音に、だねえ、と下野も同意する。 「まあ、コバちゃん調子いいし。ボール飛んでこないといいなあ」 「セカンドに守備機会がない試合とか、あるわけねーだろ」  じゃあ寝るから! と宣言し、藤堂はそのまますとんと眠りに落ちた。  しかし翌日の決勝、セカンド下野のところに打球は飛んでこなかった。  先発した小林が、21奪三振の地方大会決勝の最多奪三振記録を打ち立て、藤堂たちのチームは甲子園出場を決める。  あまりに鮮やかな奪三振劇。最後の一球が打者のスウィングをかいくぐり、キャッチャーのミットに吸い込まれる。怒号のような歓声に、球場全体が揺れていた。  目に痛いくらい蒼いあおい空の下、金色に輝く球場で少年は右手を突き上げた。  そのあとのことは、また別の話。
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