夕焼けカバレッタ

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 下野は空を見上げて、ひとつ深呼吸した。  空は既に夕焼け色がにじみ、淡いピンク色から紅色に変わっていくところだった。陽が落ちる前に決着を付けたい。でないと負ける。  それから視線を下げて、まず三塁を見遣る。確かな選球眼で四球を選び取ったミズキが、サードコーチャーと何か言葉を交わしていた。そして二塁。先程、見事なツーベースを放って滑り込んだトオルは、屈伸運動を繰り返している。うちの二年は優秀だ。  下野はすこし笑った。  さて、ここで自分に要求されているのはただひとつ。  完璧な犠打、一択だ。  賢いミズキなら機を逃すことはない。あとはバットにボールを当てるだけ。だけ、なのだが。  心臓は早鐘の如く、一瞬、震えそうになる足を踏ん張った。  何度やっても、慣れることがない。  下野の笑みはほろ苦くなった。無論、向こうも承知の上だろう。バッターボックスに近寄ると、捕手がこちらを伺う視線が刺さる。手は読まれているので厳しいコースをついてくるだろうが、満塁で今日当たっている藤堂と勝負するより、スクイズ阻止を企図するはずだ。カウント次第だがチャンスはある。  バントは死ぬほど練習した。そうでなければ、自分はこのチームでレギュラは獲れない。どうやっても三塁前に転がせ。自分自身に言い聞かせ、下野は一礼して打席に入る。  真正面から投手を見れば、淡々とした、だが真剣な眼差しがあった。しかし、彼は自分ではなく、ミットを見ていた。なるほど、と胸の内で頷く。  やってやろうじゃないか。  最後にもう一度ベンチに顔を振り向けると、ネクストで捧げ持つようにバットを立てるキャプテンが、何故か遠くを見ていた。
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