夕焼けカバレッタ

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 ミズキは三塁ベースに右足を掛け、すっ、とダイヤモンドを見渡した。  一点を追いかけて迎えた九回裏、一死二、三塁。  ここで我々が打つ手はひとつだ。サードコーチャーと共にベンチを見ると、監督の両手がひらひらと動く。  了解、と。  ミズキはきゅっとヘルメットの端を握って応えた。  さて、とミズキは改めてマウンドとホームに注視する。  投げる投手は、背番号二桁であってもほぼエースで、リリーフした五回からこれまでうちの打線をよく抑えていた。制球も良く、四死球も少ない。バッテリーを組む捕手とも中学時代からの付き合いだとかで、サインに首を振ることなくテンポ良く投げ込んでいた。  ということは、まあ、読まれている。  次に二塁へ視線を送る。セカンドランナーは一番を打つ同級生のトオルで、前の回、横っ飛びでショートゴロを捕球したせいでユニフォームが真っ黒だ。今も滑り込んでついた尻の土を叩いていた。  しかし、ちっとも彼と目が合わないので、ミズキは僅かに眉を顰める。  そして改めてホームを見る。二番の下野さんが打席に入るところだった。いつものルーティンをこなし、淡々と打席に立つ姿は頼もしかった。  下野さんはバントが上手い。  …いや、正確に云おう。  バントの『名手』だ。  そのデータは相手方にもある程度知られているだろうが、それを踏まえても、スクイズ以外の手はなかった。お互いに。  九回裏にこの打順で満塁策はリスクが高い。三番の藤堂キャプテンは既に今日三安打、四番のリョウタも単打に犠飛。同点やむなしでアウトカウントを稼いだほうがいい。あちらの方が余力があるせいもある。延長にもつれ込んでもいいと踏んでいるだろう。  こちらも先ずは同点、話はそこからだ。  ミズキはもう一度、トオルへ視線を投げたが、やはり彼はこちらを向かなかった。
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