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17話 ロマンチック濃度致死量
ぱたん、と扉が閉まった音が合図だった。
ライに連れられて、ホテルの部屋に入った途端、力強く抱き寄せらられる。
突然のキスは、喰らいつくように激しかった。先ほどの『ご褒美』の時の、じっくり甘く、絡め合うものとは違って、がぶりとまるごと奪い尽くされそうになる。
『逃がさない』とでもいうように、後頭部にライの手が回り、何度も角度を変えて深い口づけを交わした。希望は思わず、ライの首に腕を回す。離れる気なんてないのだと、そう伝える代わりに激しい口づけに応えた。
「んっ、ぅん……! ふあっ……! ……んぅっ……!」
キスしながら部屋の奥へと入っていく。途中で唇が離れて、呼吸を整えようとするが、ライがそれを許さない。壁に抑えつけられて、一瞬のうちにまた唇は奪われてしまう。
「んぅ、んっ……! んぅ、ふっ……!」
ライが希望のジャケットを脱がす為に、手を体に這わせる。ワイシャツの上から感じるライの指と掌は熱い。そこからじんじんと体の奥へと熱が伝わって、痺れていく。
希望のジャケットを脱がした後、ライは自分のジャケットもリビングのソファの上に脱ぎ捨てた。うっすら目を開けた希望が視線でジャケットを追ったところで、ようやくライと希望の唇が離れた。
二人はお互いの熱い吐息のかかるほどの近さで見つめ合う。
ライの瞳に自分が映っていた。キスされた時のまま、口を半開きにしてぽやんとしている。
しばらく見つめ合っていると、ライがニヤリ、と笑った。希望が首を傾げていると、ライが少ししゃがんで希望を抱き上げる。
「わぁっ!?」
ぐんっ高くなった視界に驚き、希望は声を上げた。ライがしっかり支えているから落ちる心配はないだろうが、急に足が床から離れると心許ない。
けれど、ライは希望を抱き上げたまま寝室へと向かおうとしている。
「ラ、ライさん、危ないって、下ろして! あっ、わあっ!? ちょっ、……ふっ、あははっ!」
戸惑う希望だったが、途中でくるくる、とライが回るので、楽しくなってきた。
きゃっきゃっ、と希望は子どものようにはしゃいで、笑っている。
寝室に入ると、美しい夜景が広がっていた。広く、遮るもののない窓から見える光景はきらきらとしている。
希望がその光景に目を奪われていると、ライは寝室の奥へと進んでいった。
次に目にしたのは、天蓋付きのベッドだ。豪華な細工が施されていて、するすると流れてしまいそうな柔らかな布が覆っている。その奥の大きいベッドにそっと下ろされた。
珍しい、と希望はライを見上げた。
ライが希望をベッドに運ぶ時、普段なら放り投げられて、逃げる間もなくライが覆い被さってくる。けれど、今は違った。
ライは、見上げる希望の前で少し屈むとちゅ、ちゅ、と小さな音を立てて、首筋に、唇に、頬に、瞼に、と、優しいキスをいくつも落とした。柔らかく、くすぐったく、そして心地よい刺激に、希望は暖かく満たされていく。
一度ライがゆっくりと離れると、胸元にすう、と風を感じた。
「……?」
少し下に目を向けると、希望のワイシャツのボタンはすべて外されていて、胸元が露わになっていた。
いつの間に、とぽやんした頭で考える。その視界に、跪いたライの姿が映って希望はドキンッとした。
ライは丁寧に希望の足に手を添えて、靴を脱がした。
まるで漫画で見た執事か何かのようだ。見たことがないライの行動に、希望は心臓が痛いくらいドキドキした。
恥ずかしくて目を逸らしてしまいたいのに、逸らせない。希望はじいっとライを見つめていた。
「……っん……!」
靴下を脱がす時も、ズボンを脱がす時も、ゆっくり丁寧に、指先を肌に這わせる。時には擽るように、時にはひっかくように、そして時にはじっくりと味わうように、と様々な触れ方で希望を刺激する。柔らかな刺激は、希望をじわじわと蝕んでいく。
すべて脱がし終えたライは希望を見上げて、足に手を添えると、足の甲にキスをした。
「ひゃあっ」
希望がこれ以上こんな恥ずかしさには耐えきれない、と逃げようとする。
しかし、ライは足を掴んで希望をひっくり返してしまった。
「あっ、ま、まって、……んっ!」
掴まれた足首から柔らかな太股まで、ライの唇が這う。希望を見つめながらキスを繰り返して、時折吸い上げる。その度に希望の体が小さく震えた。
ライの唇が離れると、そこには紅い花びらのような跡が残っていた。
「んっ……、あっ……」
希望が頬を赤らめると、ライが笑った。
ライが自分のネクタイを緩めるのを、希望はじいっと見つめる。その視線に気づいて、ライが、はっ、と笑う。
「何見てんだよ」
「……ライさん」
「知ってる」
希望は蕩けた眼差しでライを見つめ続けている。その瞳には、これからのことの期待が滲み出ていて、ライがまた呆れたように笑った。
希望に覆い被さるようにして迫り、見つめ返す。
「そんな見んなよ。……余裕ねぇんだから」
間近で見るライの目の奥に、情欲の炎が揺らめいていた。その色に気づいて、希望の奥もますます熱くなって満ちていく。
暗くて表情はよくわからない。
だけど、間近で見せつけられた、静かに荒ぶる緑色の目だけはよく見える。
求められていることは嬉しい。求めているのは自分だけじゃないのだということが嬉しい。
けれど、希望はもう限界だった。
美しい夜景。
豪華な寝室。
狂おしいほどの愛しさと情欲。
触れ合う肌の痺れと胸の高鳴り。
そして、ようやく会えた最愛の恋人に熱く激しく迫られているというこの状況。
ここにある何もかも、ロマンチック濃度があまりにも高過ぎる。
希望はもはや息もできなかった。
む、むり……もうむり……。
これ以上ライを見ていたら、限界を超えてしまいそうだった。
希望は思わず両手で顔を覆ってしまう。
「なんだよ」
「も、もぉだめっ……!」
「は? そんな顔して何言ってんの?」
「そうじゃなくてっ……」
「?」
ライが訝しげに希望を見ている。
希望の頬は紅く染まって、唇は薄く開いていた。はぁ、はぁ、と呼吸を繰り返す。心臓の音はライに聞こえてしまうのではないかと心配になるくらい強く早く胸を叩く。瞳はいつもよりも潤んで、目尻に滲む涙は艶っぽく光る。
希望はライの腕をぎゅうっと掴んで、強請るように見つめた。
「やっ……優しく、してっ……?」
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