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18話 おれのため
「……っは……!?」
希望はぱちぱちと瞬きをして、目を覚ました。
きょろきょろ、と周りを見回すと、広くて豪華絢爛な湯船に浸かっている。何故ここに? と考えて、記憶を呼び起こした。
希望はライに「優しくして」と頼んだだけだった。
あまりの雰囲気の甘さと胸のときめきに、俺のロマンチック許容量は超えました、等と伝えてはロマンチックな雰囲気がぶっ壊れるから言えなかった。
でももう、おれの心はぐちゃぐちゃのとろとろで大変なのだと伝えたかった。
ロマンチックを抑えてほしい。手加減してほしい。ライさんの攻め様戦闘力が高すぎて、未熟な俺では受け止めきれません。お手柔らかにお願いします。ときめきすぎて心臓が痛いんです。このままではどろどろめろめろに蕩けてしまいます。
そう思って、「優しくして」とお願いしたのに。
……ヤリ殺されるかと思った……!!
丁寧に丁重に丹念に、希望に触れていた指先や掌は、あっという間に何もかも奪い去り、食い尽くすような獰猛なものになってしまった。
何がライの逆鱗に触れてしまったのか、希望にはわからない。それでも荒れ狂う激情を叩きつけられて、すべてを喰らい尽くされそうだった。
そんな激しい情事を思い出して、ぶるぶる、と希望が震える。
生きてて良かった。
ああ、怖かった。
ふと自分の身体を見てみると、噛み跡やキスマークが散らばっていた。
けれど、ぐちゃぐちゃにされた蕾や自分の熱で汚してしまった腹も、胎に注ぎ込まれた白濁の体液さえも、綺麗に清められている。
湯の温度も心地よく、希望はまたふわふわとして眠ってしまいそうだった。
ライが洗い流してくれたのだろうか、と考えて少しきゅん、と胸がときめく。けれど、その優しさのほんの数パーセント、情事の時にほしかった。
ぱちゃん、と言う水音に驚いて希望が顔を上げる。湯船にライが入ろうとしていた。
希望が目を丸くして見つめていると、ライと目が合う。
「なんだ、起きたのか」
呆れたようなため息交じりの言葉に、希望はむっとしてライを睨む。
確かに体を丁寧に清め、湯船に入れてくれたのかもしれないが、どう考えてもライのせいだ。抗議したい。
「ライさんが酷くするから!」
「しがみついて離さなかったのお前だろ」
「そんなことしてなっっ……、……!!」
……してなくない。
ライの背中、肩、腕に残る引っ掻き傷を見て、ぶわり、と記憶が蘇る。
めちゃくちゃにされて、快楽で頭の回路が焼き切れたみたいだった。気持ちいいのか苦しいのかもわからなくなった。
それでも、ライが離れようとしたら必死でしがみついた。腕を伸ばして、足を腰に絡め、爪を立てた。
それだけなら可愛いものだが、ライの固い熱を締め付けて、もっともっと、と強請ったような気がしなくでもない。
だから、優しくして、と言ったのに。
ずっと会いたかったし、寂しかった。身も心もライを求めて、切ない夜を過ごしていたのだ。だから、ライも求めてくれて嬉しかった。我慢なんてできるはずなかった。
自分がどれほど乱れてしまうのかわからなくて、怖かったから、優しくしてほしかったのに。お手柔らかに、とお願いしたかったのに。
自分の身体とライの身体に残る噛み跡や爪痕を見ていたら、たまらない気持ちになる。
恥ずかしいのに、ほんの少し嬉しい。そんな自分を自覚してしまう。
「……お風呂広いね!」
話を変える為、希望はライから目を逸らして、浴室を見回した。
部屋や寝室と同じように、豪華な装飾が施された浴室は、広かった。
以前ライに連れて行ってもらった、……エッチで怖かったホテルの浴室より、もっと広い。
寝室の家具や調度品、浴室の作りを見ると希望が両親を泊まる予定だった同じホテルのスイートルームよりも、豪華で華美な装飾が目立つ。
スイートルームはもっと落ち着いた雰囲気だった。
珍しい、と希望は思う。
ライの好みからすれば、スイートルームの方が合っているような気がする。ライは外見が派手で人目を引くくせに、煌びやかなものより静かで落ち着いてる空間を好んでいた。
そうでなくても、いつも最上階とか、ワンフロアに一部屋とか、旅館の離れとか、他の誰とも関わらないで済むような部屋を選ぶ。この部屋もワンフロアに一部屋しかないが、最上階ではない。
パーティーがあって部屋が埋まってたから仕方なく?
いや、ライさんがそんな妥協するわけがない。そんなことができる男だったらもっと心広いし優しいはずだ。
「ライさんがこういう部屋選ぶの珍しいね」
「……あぁ?」
ライが濡れて垂れた前髪をかき上げて、希望に視線を向けた。
その動作と眼差しで、希望はまたドキドキしてしまう。何気ない仕草でも気をつけてほしい、と希望は思った。
「上の階の方がライさんの好みっぽかったのに、どうしたの?」
素直に疑問を口にすれば、ライは質問の意味がわかったのか「ああ」と答えて、続けた。
「お前、でかい風呂が良いんだろ?」
「え? う、うん……?」
なんでおれ? と希望が首を傾げながらも頷いた。
「ならいいよ」
と、言うとライは、あちぃ、と呟いて、息をついた。どうやら、この話は終わりらしい。
でも、希望はまだ首を傾げている。
ライが当然のことのように言うから、すぐに気づかなかった。
言葉の意味をゆっくり噛みしめる。そして、ごくん、と飲み込む。
……ぅお……おれのため――――!?
希望は頭を抱えた。
ライは自分好みのスイートルームよりも、希望が好きそうだから、という理由でこの部屋を選んだのだ。
以前希望が、大きいお風呂がよかった、と大騒ぎしたのを覚えていたからかもしれない。とにかくそういうことである。
お、おれだ。おれのためだ……! もうむり。
恥ずかしさと嬉しさと愛しさでどうにかなりそうだった。
勘弁してほしい。そんなことを平然と、何でもないことのようにやらないでほしい。
好きになってしまう。すでに好きだけど、もっと好きになってしまう。
恋の矢に打ち抜かれた希望が、ぶくぶくと沈んでいく。
ライはそれを止めることはなくただ眺める。
頭まで沈みきって数秒後、希望は急浮上して「ぷわっ」と顔を出した。
希望の濡れてしんなりとした前髪が額に張り付いている。ライがそれに手を伸ばした。
「……何やってんの?」
「頭冷やして落ち着こうと思って……」
「ここで? 無理だろ」
「……うん」
希望の額や頬に張り付いた髪をライがかき分ける。希望はされるがまま大人しくして、撫でる手の感触に少しほっとした。すりすりとすり寄って、遠慮なく甘える。
「……お風呂大きいの嬉しいけど、俺が断ったらどうする気だったの?」
「へえ、お前って俺の誘い断れんの?」
「んー……むり……」
「はっ」
うっとりしながら希望が答えると、ライが笑った。
「無理ってなんだよ。頑張れよ」
希望の頬を撫でながら、ライが笑う。
……あんただって、断らせる気ないくせに。
希望の微かな反抗心は、言葉にする前にお風呂の心地よさに溶けていった。
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